ここはホロコーストの実態について翻訳するページです。私が訳したものばかりではなく、転載もあります。また、元々日本語で書かれた文章もあります。
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英語 | ティース・クリストファーセン | アウシュヴィッツの嘘 |
原文:Die Auschwitz-Lüge(元ページが消えてしまったため、こちらで復元しました) ティース・クリストファーセンが著したアウシュヴィッツでの体験談です。内容も大変勉強になるものですし、その序文を書いただけで1ダースも告訴を受けたローダー氏には涙します。 |
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サンティアゴ・アルヴァレス | 殺人ガス輸送車 |
原文のダウンロード・ページ:The Gas Vans 第二次世界大戦の戦中戦後に連合国によって広められた、ドイツによる「ディーゼル貨物車の排気ガスを車内に流し込み乗員の囚人を一酸化炭素でガス殺するガス殺車」というホロコースト神話の一角をなす伝説を検証した論文です。 現在翻訳中。
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CBC報道 | アルバータ州のホロコースト否定派がドイツで「民衆扇動罪」で有罪判決を受けた | 過去、「カナダ在住カナダ人のモニカ・シェーファー女史がドイツに行った際に、ドイツのホロコースト絶対法に反した言動をカナダでしていたとして逮捕されている」というニュースをツイッターで紹介しようとしたのですが、和訳記事が見つからなかったので私の方で和訳しました。 |
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不明 | シアン化物の見つからないアウシュヴィッツ |
極めて優れていると感じる英語の動画(Auschwitz: the missing cyanide)を翻訳し、友人に動画化していただきました。 リンク先はその補足です。 ※以前はこの英語の動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=wgrZXiOPkrMでアップロードされていましたが、アップロードしていたアカウントが凍結されてしまったため、私の方で再アップロードしております。 |
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リチャード・E・ハーウッド | 600万人は本当に死んだか? | 10年間その正誤が裁判で争われた英国の小冊子「Did Six Million Really Die?」の訳文です。 | ||||||||||||||||||||
ハーバート・フーバー元大統領著 | 裏切られた自由 | ハーバート・フーバー元大統領が著し、死後刊行された大著「裏切られた自由」は様々な信頼できる出典を引用している歴史修正の大著であり、ここで今後議論に使えそうな重要な箇所に感じたところを引用します。 | ||||||||||||||||||||
「ヒトラーがやって来る!」キャンペーンの開始 |
「裏切られた自由」にFDRが欧州の戦争に英ソ側で参戦する為に吐いた大嘘が載っていたので、引用しました。 イラク戦争に関するパウエルの大嘘(https://twitter.com/RusEmbassyJ/status/985132907898392576)も併せ、米国は戦争の為に嘘を吐く国だ、という重大な証拠に挙げられると思います。 |
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米国には日本に宣戦布告させる意図があった証拠 | 「米国の挑発によって日本が宣戦布告した」という歴史認識は結構広まっていると感じますが、その認識は実のところ正しく、「米国は実際に日本に宣戦布告させようとしていた」証拠は1946年の米国の政府機関によって既に提出されていました、という引用です。 |
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無条件降伏に執着したFDR |
第二次世界大戦中、早期から米国大統領FDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)が無条件降伏に執着していた話の引用です。 この話を知らない方はちょくちょく見るのですが、概要の説明としてウィキペディアを紹介するのもなんなので、本書から書き写しました。 |
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第二次世界大戦後、米国が中華民国に共産勢力を政権に入れるよう強要していた証拠 | 戦後、米国が中華民国に何を強要していたか知らない方が多いように感じたので、第二次世界大戦後、米国が中華民国に共産勢力を政権に入れるよう強要していた証拠を提示します。 |
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ブランフォード・ハンソン編 | 水晶の夜神話の解体 |
水晶の夜神話を解体する記事です。この記事は、
![]() など、読む前からその情報の危険性が推測できます。 |
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ニュー・ヨーク・タイムズ | ニュー・ヨーク・タイムズによる水蒸気殺室報道 |
戦時中である1943年8月8日にニュー・ヨーク・タイムズで報道された、「トレブリンカで水蒸気殺が行われている」という報道です。 上の『「ヒトラーがやって来る!」キャンペーンの開始』と併せて、当時の連合諸国では宣伝戦が堂々と広められていた(ソ連は言わずもがなで、こちらの報道は英米で広められたため)ことの好例となりましょう。 |
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テレグラフ紙 | ジョージ・S・パットン将軍はその連合国の戦争指導者たちへの批判を黙らせる為に暗殺されたと新しく発見された本が主張している |
テレグラフ紙の記事「General George S. Patton was assassinated to silence his criticism of allied war leaders claims new book」の和訳になります。 実行犯1人(OSSののDouglas Bazata)日誌も自供もあれば、他の例を顧みても正史でもこの話の内容が正史になっているのではないかと思うのですが、どうなのでしょうね。 |
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メルマースタイン | メルマースタイン著「パンのみにて」 | 「IHRが『ホロコーストを証明したら賞金出す』と宣言したら自称証人が名乗り出て、裁判に負けて払わなければならなくなった」という話は聞いた事がありましたが、その詳細を知る機会がありましたので、紹介します。 | ||||||||||||||||||||
マーク・ウェーバー | ユダヤ石鹸 | 日本語圏ではこれ以上にユダヤ石鹸の神話について調べている論文は恐らくないのではないかと思います。国家社会主義日本労働者党から復元させたページをこちらに掲載しています。 | ||||||||||||||||||||
アウシュヴィッツ:神話と事実 | 国家社会主義日本労働者党の翻訳は私がIHRで見つけた英語原文と比べて文章が増えているようだったので、私の方でIHRに掲載されている文章を基に修正しました。 |
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ルーズベルト大統領の戦前の秘密の日本爆撃計画 | フライング・タイガースのお話です。フライング・タイガースに触れたいときに参照するのがwikiなのは個人的に余りやりたくないので、翻訳しました。まあ、私は日本史はてんでなのでフライング・タイガースに言及したことは過去一度もなかった気がしますけれども。 |
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エルンスト・ツンデル | ニュルンベルク:消えざる犯罪 | カナダで「600万人は本当に死んだか?」の小冊子を配布した結果「虚偽情報の流布罪」で訴えられ、10年間に亘るツンデル裁判を戦い抜き、勝利したカナダの見直し派の雄による、ニュルンベルク裁判がどのようなものだったかを解説する記事です。ニュルンベルク裁判の詳細は加藤継志著「ニュルンベルク裁判の完全崩壊」を参照ください。 |
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エルンスト・ツンデル記者会見:1996年10月1日ツンデル・インターネットの内容が「未成年に有害」と判断された |
前自サイトを掲載していたfc2が「このサイトにはアダルトコンテンツがあるからBAN!」と理解不能の言いがかりをつけたため、私は今のウェブサイトへと移転したのですが、もしかしてツンデル氏と同じように、私のサイトも歴史見直しが原因でBANされたのでしょうか……? |
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セオドア・オキーフ | 「収容所の解放」事実と嘘 |
見直し派セオドア・キーフによる、ナチスの収容所の解説です。 ナチスの人の革のランプシェードなど、まだ信じている方は、こちらをお読みください。 |
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ハンス・シュミット | 想像してみよう! | もしドイツ人が第二次世界大戦中、次のようなことをしていたら、どのような怒号が飛び交っていたか考えてみよう、という記事です。私、ホロコーストがあったとしてさえ、枢軸国よりも連合国の方が邪悪だったと思うのですよねえ。 |
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ニツコー | 66の質問と回答 |
「逆転ニュルンベルク裁判」で良く言及されるニツコーというサイトの66の質問と回答の和訳は、Internet Archiveで閲覧できるのですが、如何せんテキストファイル形式なので読みづらいです。 そのため、一部復元させることにしました。 |
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エッディー・ワインスタイン | 痛ましいホロコースト物語:ユダヤたちが「死のシャワー」で一酸化炭素によって殺されている中、私は肺を銃で撃たれたが治療を受けることなく生存した | ホロコースト生存者の証言が英語のままInternet Archive入りしていたので、復旧させ、和訳しました。この証言、あなたは信じますか? |
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日本語 | フランクル及びエリ・ヴィーゼル | フランクル著「夜と霧」、エリ・ヴィーゼル著「夜」の記述について | 『有名なホロコースト本であるフランクル著「夜と霧」、エリ・ヴィーゼル著「夜」読みました? どう思いました?』みたいな質問をされることがあるので、可能な限り古い版を入手しましたが、現在の正史に反することが書かれていたので、この記事にて紹介します。 |
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渡辺忽樹 | 戦争を始めるのは誰か 歴史修正主義の真実>ブライス報告 | 「裏切られた自由」の訳者であり、近代史、特に「正史」の欺瞞と宣伝戦に造詣の深い渡辺氏の著作内の、第一次世界大戦の宣伝戦の紹介です。 |
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第二次世界大戦までのナチス・ドイツの軍事行動に関する年表 |
第二次世界大戦までのナチス・ドイツの軍事行動に関する年表です。釈明史観(apologism。FDR・チャーチルを是とする歴史観。この歴史観の特徴はこの二人の政治家の評価に不都合な史実を極力軽視するか、あるいは全く触れないことにある)を持つ人に対して説得する為に纏めました。 出典には本書に加え、主にベントン・ブラッドベリー著「ドイツ悪玉論の神話」からです。 |
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テッサ総統閣下 | 逆転ニュルンベルク裁判! | 歴史見直し系の中でも有名なサイトでしたが惜しむらくも閉鎖してしまったため、現在Internet Archiveから少しづつ復元させております。 |
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加藤継志 | 「アンネの日記」は嘘なのか? |
『「アンネの日記」は嘘なのか?』の内容の一部を私なりに要約いたしました。 |
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ドイツ語 | ラインホルト・エルストナー | 嘘の歴史観に抗議の焼身自殺をした元ドイツ兵の遺書 | 第二次世界大戦に関する嘘に耐えかねて、1995年4月25日、ミュンヘンで抗議の焼身自殺を果たした元ドイツ国防軍軍人で化学者のラインホルト・エルストナーが残した遺書の翻訳です。インターネットには、この原文をドイツで公開することも許されないとありました。 |
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フランツ・W | あるドイツ人少尉の手記 | 第二次世界大戦中、ドイツ軍人としてソ連のパルチザンと戦ったあるドイツ人少尉の手記です。 |
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パウラ・ヒトラー | 兄のための言葉 | アドルフ・ヒトラーの妹であるパウラ・ヒトラーによる、兄アドルフに対する戦後の評価です。記事自体は短いですが、ナイアガラの滝のごとく怒涛の嘘が襲いかかっている最中にこれを記せるとは、本当に勇気がいっただろうと思います。 |
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ヒムラー | 最終的解決 | 600万人は本当に死んだか?で触れられる、最終的解決(Endlösung)と全面解決(Gesamtlösung)という言葉がある「1941年7月31日付の回状」の原文と和訳の紹介です。 |
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ヨーゼフ・ゲッペルス | ベルリンをめぐる闘 | 1934年執筆。ゲッペルスによる当時の社会の実態の解説です。今日び人が目にする氏の言葉は、前後の流れも分からない短い引用ばかりなので、その考えが分かる長文を読める機会は珍しいと思います。良ければお読み下さい。 |
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フランス語 | レオン・ドゥグレル | 我が友タンタン | レオン・ドゥグレルによる自伝の抄訳です。当時の世界の要人と親交があり、漫画「タンタン」の主人公のモデルとなった方で、その話はとても勉強になります。 |
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ルシアン・ルバテ | ユダヤ的事実 | フランスのファシスト新聞記者ルシアン・ルバテが1944年に掲載した記事です。私としても、「問題を起こさない民族が2000年に亘ってあらゆる国で理不尽にも同化も拒否され迫害され続けている」とはとても考えづらいです。 |
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モーリス・バルデシュ | ニュルンベルク、または約束の地 |
フランス人モーリス・バルデシュは1948年に『ニュルンベルク、または約束の地』をフランス語で著しましたが、この本は禁書になり、著者のモーリス・バルデシュは逮捕されました。 戦前戦中戦後の連合国の不正義を非難するこの本を焚書し、著者を坑儒するとは、フランスをドイツから「解放」した連合国の性質が分かるというものです。 |
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アンチファシズムとは何か? | アンチファシズムがなんなのかの解説です。明快な解説で、読んで以来私もこの内容通りの認識を持っております。 |
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ロベール・フォリソン | カナダの歴史見直し主義:ツンデル裁判 |
当事者中の当事者ロベール・フォリソンが著した、ツンデル裁判の概説です。 ロイヒター報告や裁判官の評価は多少知られ語られても「(600万人は本当に死んだか?の正誤を争った)ツンデル裁判そのものはどのようなものだったか」は語られることが少ないため、この概説は私にとってとても勉強になるものでした。 |
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恥を知るべきはドイツか、連合軍か、それとも戦争なのか? | フォリソン教授による、連合軍の邪悪さへの告発です。この記事は短めで、すぐに読み終えれるのではないかと思います。 |
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戦後七十年、ナチスの〈ガス室〉が実在したことを証明する法医学的鑑識は未だに提示されていない…… | 戦後の正史派についての概説です。情報が多岐に渉っており、読んだけど知らない情報はなかった、ということはないのではないかと思います。 |
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歴史見直し主義者の冒険 | 歴史見直し主義者がどのようなものかの概要です。短く、読み易い記事だと思います。 |
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中東問題と歴史見直し主義:『イラン、フランス及び世界における歴史見直し主義』 | テヘランのネダ政治科学研究所所長とフォリソン教授との往復書簡です。歴史修正主義者に対する逮捕等の現状が語られています(涙)。 |
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ヒトラーとサダム・フセインの〈大量破壊兵器〉 |
ヒトラーへのプロパガンダと、サダム・フセインへのプロパガンダの比較です。 当時のオーソドックスな学者の方々は当時の米国をどう評していたのか存じませんが、パウエルが国連で謎の瓶を振りかざして演説したのが2003年2年で、これを執筆したのが2003年6月とは流石の慧眼と感じてしまいます。 |
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第三次世界大戦を歴史見直し主義的方法論で考察する |
フォリソン教授がこの記事を執筆した時点(2003年5月)より2ヶ月前に勃発したイラク戦争や、ニュルンベルク裁判、ナイラ証言、第一次世界大戦等のプロパガンダを顧みて、今後のプロパガンダがどのようになるかを推測する記事です。 (この訳文をこのサイトに掲載する)現在、イスラエルがガザ地区を空爆・虐殺していますが、この虐殺に付随して、過去に行われたものと同種の様々なプロパガンダが流されるのではないかと思います。 2023年に起こったガザ空襲に纏わるプロパガンダと私が感じるものを右に掲載します。ガザ空襲。 |
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ドイツはアメリカとイギリスにユダヤ人を移住させる用意があった | マダガスカル計画が特に有名な、ナチス・ドイツのユダヤ教徒移住政策の他の部分の紹介です。この時期にドイツからパレスチナに移住したユダヤ教徒もかなりいたとは聞きます(600万人は本当に死んだか?参照)。 |
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あるドイツ人記者によるロベール・フォリソン教授へのインタビュー |
ロベール・フォリソン教授へのインタビュー記事です。ホロコースト、ホラコーストについての知識がない人にとっては特に、不明なことをインタビュアーが聞いてくれてフォリソン教授がそれに回答してくれるため、とてもためになる記事だと思います。 長文の記事ですが、一部未訳なのはご了承ください。 |
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フランスワ・ブリニョー | フォリソン教授とはいったい誰? | フランスワ・ブリニョーの書かれた、フォリソン教授を紹介する記事です。若かりし頃のフォリソン教授がどのような人物だったか全く知らなかったため、大変勉強になりました。まさか強烈な反独主義だったとは。 |
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アンリ・ロック | “元SS将校ゲルシュタインの告白”について | アンリ・ロックの論文『“元SS将校ゲルシュタインの告白”について』の紹介記事です。論文自体は未訳です。 |
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フィリップ・ゴーチエ | “アイゼンハワーの死の収容所”:アメリカ軍によるライン河畔ドイツ人戦争捕虜収容所 | 『反独主義』より。第二次世界大戦後のドイツ兵が米軍によって入れられた収容所の実態です。建物なしの屋外収容所なんてこれ以外では聞いた事がないのですが、もしかしてソ連のグラグに勝るとも劣らないでは? |
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PHDNM | 「野蛮なナチス」が西洋文明の宝を救ったとき |
抄訳ではありますが、「野蛮なナチス」が西洋文明の宝を救ったときのお話です。 NHKはWW2の話を特集で取り上げることがありますが、この話は取り上げられることはないだろうなあ、と私は推測します(笑) |
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ロベール・ブラジヤック |
1909年3月31日生 - 1945年2月6日死去 フランスの詩人、作家、批評家、ジャーナリスト。『鳥を売る男』『七つの虹彩』『時の経つように』等多彩な小説のほか、義弟モーリス・バルデシュとの共著『映画史』、同じくバルデシュと繰り返しスペインを訪れて共著した『スペイン内戦の歴史』等、異なる分野で多くの名作を残している。早くから国家主義者として『アクション・フランセーズ』に1939年まで執筆、また1943年までファシスト新聞『ジュ・スイ・パルトゥー』の編集長を務め(1943年からはピエール=アントワーヌ・クストーが編集長を引き継ぐ)、ヴィシー政権を支持したため、終戦時期、レジスタンス政権から対独協力罪に問われる。1944年9月、母親と義弟バルデシュが身代わりとして逮捕されたため、出頭、フレーヌ刑務所に投獄される。1945年1月19日に裁判が行われ、死刑の判決。数々の著名人による恩赦願いにもかかわらず(ただしピカソ、ジード、サルトル、ボーヴォワールは恩赦願いへの署名を拒否)、2月6日銃殺された。 |
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私はカチンの墓穴を見た | カチンの森事件現場の目撃証言の翻訳です。 |
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『ヒトラーの国で過ごした百時間』より抜粋 |
ブラジヤックによるヒトラーを間近で見ての印象を語る箇所を抜粋しております。 「国民の篤い信任を受けた」「恐怖政治を布き国民に恐れられた」という矛盾する2つの評価を受ける総統ですが、私は後者が嘘だと考えております。 米国のハーバート・フーバー元大統領も第二次世界大戦前にヒトラーと出会い、話しており、その聡明さに「彼が愚鈍だというのは報道機関の宣伝戦だと分かった」と述べておりました。詳細は彼の著書「裏切られた自由」上巻 P233(第3刷で)にあります。 |
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ロベール・ブラジヤックの最期 | ロベール・ブラジヤックの最期を3人の視点から描写しています。1人はロベール・ブラジヤック本人、1人は義弟のモーリス・バルデシュです。 |
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アドリアン・アルカン | ファシズムか社会主義か | アドリアン・アルカンによる、民主主義や社会主義、リベラリズムをファシズムと比較した講演の文字起こしです。こういった主張をし、十分な支持を得ていた彼が逮捕されるとは、連合国側の主張する「枢軸国は不自由で連合国は自由」の実態が分かるというものです。 |
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「翻訳規則」
訳語揺れが起きないようにするための自分用のメモです。