コペルニクスが、太陽が地球の周りを回転しているのではなく、逆に地球が太陽の周りを回転していることを実証して以来、〈コペルニクス革命〉という表現が誕生した。この表現は、現実は見掛けとは異なる場合がある(そしてそれは容易に確認できる)だけではなく、現実は見掛けとは正反対であることさえ有り得ることを意味している。第二次世界大戦後、まさにこれと同じことに気づいた研究者達がいた。彼等は、敗戦国(つまりヨーロッパでは主にドイツ人)の責任とされた残虐行為の多くが、もしかしたら実際には連合国の責任によるものだったということに気づいたのだ。つまりそれまでは「ドイツは恥を知れ!」と人々を叫ばせた数々の写真があるわけだが、実は、「ドイツをこんな状態に陥れた連合国は恥を知れ!」と言うのが正しいらしいのである。あるいは「恥ずべきは戦争とそれにつきものの残虐行為である!」と。
米軍はドイツに侵攻した時、自分達の手による爆撃が引き起こした惨劇に、自ら驚愕した。
我々が知らねばらないのは、自国の軍用機を相応に開発することによって、人類史上他に例のない規模の市民に対する攻撃の火蓋を切ったのがチャーチルとルーズヴェルトであることだ。チャーチルとルーズヴェルトは、大小を問わず全ての都市、時には村さえをも破壊する決定を下したのだった。彼等の戦略的観点によれば、空からの爆撃、つまり市町村への徹底空爆と火炎地獄を逃れようとする市民や田園地帯の農民への機銃掃射によって、ドイツ人の生活はひとつ残らず不可能なものにならなければならなかった。住宅、病院、学校、大学、老若男女、家畜、すべてが消滅しなければならなかった。その結果、鉄道は運行不能に陥り、通常なら数時間で走る行程に、何日も要するようになった。そのために例えば、間近に迫るソ連軍を前に、東部の収容所を自主的あるいは強制的に離脱した捕虜達を乗せた輸送車がようやく目的地に辿りついた時、どのような状態にあったかを想像するのは容易い。
チャーチルとルーズヴェルトがこのような戦略を選択したのは、市民を相手に戦争を行なう方が、軍を相手にするよりも遙かに容易だったからだ。時には連合軍の西側諸国内で、特に聖職者の間から、ドレスデン空爆に象徴されるこうした蛮行に対する非難の声も挙がった。しかし戦争プロパガンダは、多少なりとも〈悪魔〉を象徴するもの(ユダヤ系のプロパガンダ屋にとってはさしずめ〈アマレク人〉)は、何もかも破壊しなければならないのだと主張を続けた。
実際にはその後アメリカは、日本、ベトナム、イラク、その他世界の隅々で、これと同様の破壊主義的戦争を行い続けている。