ソフィア先生の逆転裁判2
〜ユダヤの嘘を暴いてドイツの無罪を勝ち取れ〜

Subject16: 「シンドラーのリスト」「灰の記憶」「ライフ・イズ・ビューティフル」などのホロコースト映画に原作はあるのか?
ドイツ国防軍に所属した15万人のユダヤ人?

 「♪ ブレイク〜 ブレイク〜 あなたの街のぉ〜♪

解体〜 解体〜 一役買いたい

耐久年数過ぎてゆく コンクリートが落ちてゆく

地球の平和をはばむやつらさ〜〜!

Break Out!

日本ブレイク工業 スチールボール Da・Da・Da!

日本ブレイク工業 ケミカルアンカー大地を揺らし!!

家を壊すぜ! 橋を壊すぜ! ビルを壊すぜ! 東へ西へ〜

走る! 走る! 日本ブレイク工業〜 ♪」

 「はじめまして、こんにちわ、お久しぶり。

久々の出演が嬉しくて思わず歌を口ずさんでしまいました。

わたしがリーダーのテレサ=テスタロッサSS大佐、通称テッサ。

歴史歪曲と捏造の名人。

わたしのような天才詭弁家でなければ百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まりません。

筋さえ通せば金次第で、大統領でもぶん殴ってみせらぁ、でも飛行機だけは勘弁なの命知らずの特攻野――――

え? 久々に出てきていきなり電波を飛ばすな?

失礼ですね。

誰が電波娘ですか。

電波娘というのは、脳みその代わりにフェロモンが入っていてわたしのサガラさんを誘惑している淫乱色魔  のことで、わたしのような清楚可憐な清純派ヒロインは電波など飛ばさないのですよ。

それはともかくなぜわたしの階級が“SS大佐”なのか?

そりゃもうカッコいいからに決まっているじゃないですか。

細かいことは気にしてはいけません。世の中はやりたいことやったもん勝ちで成り立っているのです。

たとえば、2003年9月28日にTBSで放送された『さとうきび畑の唄』という戦争ドラマです。

第二次大戦の沖縄が舞台の戦争ドラマなのですが、宣伝に文句なしの良質の反戦ドラマですね。

このドラマは沖縄戦を描いているように見えて、実は沖縄戦ではないところにその深さがあります。

このドラマはギャグドラマなのですから、どこが沖縄戦だ!という冷静な突っ込みはタブーです。

鉄の暴風』と言われた艦砲射撃と空襲で民間人を殺傷した無差別爆撃は反日サヨクの中では無かったことになっているようですし。

米軍と日本軍の手榴弾の区別がつかない、もしくは手榴弾とダイナマイトの区別がつかない反日左翼の作った反日プロパガンダ映画に何かを期待すること自体間違っています。

このドラマの最大の見所は、やはり第二次大戦なのにもかかわらず自衛隊の61式戦車が出てくるところでしょう。

61式戦車といえば、『僕らの七日間戦争』で出てきたあの戦車です。

戦争映画に出てくる戦車といえばT-34でしょうに、それをあえて61式にするところに監督の開き直りを感じます。

戦争ドラマの監督と言えば、趣味100%でやりたい放題なのは世界共通ですが、北朝鮮のスパイ組織であるTBSが作った反日ドラマがこの程度の捏造で済んだとは、たしかに良質と言えるでしょう。

一応、日米軍しか出てこないところに監督の良心を感じます。

もしわたしが監督だったならドイツ軍を出しちゃうかもしれませんから。

だって、第二次大戦ですよ?

第二次大戦といえばドイツ軍、ドイツ軍といえば第二次大戦。

ドラマの中で、回想シーンとか、宣伝シーンとかで物語とはまったく関係ないのにSS将校出しちゃいますよ。

状況説明とか適当な理由をつけて5号戦車出しちゃいますよ。

もちろん、本物を出すのは無理でしょうから、自衛隊の90式をパンターと言い張って出演させます。

1977年のイギリス映画『遠すぎた橋』では、ドイツ軍のレオパルドIを5号戦車と言い張ってましたから、偽レオパルドの90式で誤魔化せないはずがないのです」

↑ 1977年のイギリス映画「遠すぎた橋」より

5号戦車パンター

 「どうせ視聴者は素人だから、『当然』という顔をしていれば気づかれる心配はないでしょう。

もし軍オタによる突っ込みがひどかったら『予算がねえんだよ!』とか、適当にデタラメを言ってれば切り抜けられるはずです。

戦闘シーンだって、歴史史料を完全に無視して、指揮官が笛を吹くと兵士が『ウラー!』と叫びながら突撃するとか、日米のスナイパー対決とか、季節を夏じゃなくて冬にしちゃうとか、ふふふ……いろいろ想像力が膨らみますね。

もちろんわたしは政治将校で、退却する自軍の兵士を撃ち殺す役をやらせていただきます。

え? 他の映画をパクるのはやめろ?

甘いですね、偶然似てしまったと言えば問題ありません。

もしくは一歩進んでウリナラ起源とか言えばモアベターでしょう。

韓国映画『ソウル』だって『ダイハード3』のパクリですが、誰もそんなこと言ってないでしょう?

開き直ってしまえば怖いものなんてありません。

世の中なんてそんなものです。

いっそのこと、日本軍とドイツ軍が共同戦線を張って連合軍と戦うとかいう仮想戦記にすれば、堂々と沖縄戦に6号戦車を出すことも可能です。

日本軍もタイガー戦車を保有していたという歴史的事実がありますから、6号を出すのは問題ないでしょう。

タイガー戦車を保有していたのは事実ですが、ドイツから日本に運ぶ方法がなかったこともまた事実であります。

しかし、日本軍がタイガー戦車を保有していたのは事実なのだから、100%の嘘ではありません。

本物のタイガーが出せなかったらレオパルド2をタイガーと言い切って出せば大丈夫でしょう。

なぁに、どうせ視聴者は素人だから、『実話を元にした名作』とか堂々した嘘を書いておけば視聴率もバッチシです。

ハリウッド映画『シンドラーのリスト』はそれで大ヒットしましたからね。

嘘は大きければ大きいほどバレにくいものなのですよ」

 参考資料:「写真はナチスのユダヤ人絶滅を証明しているか?」著ウド・ヴァレンディ

Udo Walendy, Do Photographs Prove the NS Extermination of the Jews?, Gauss, Ernst, Dissecting the Holocaust. The Growing Critique of 'Truth' and 'memory', (Ed.), Theses & Dissertations Press, Capshaw, AL, 2000

(56)T. Keneally, Schindlers Ark, Hodder & Stoughton, London 1982; simultaneously: Schindlers List, Simon & Schuster, New York 1982. キニーリーは、世界各地のユダヤ人生存者を2年間調査したと述べている。興味深いことに、1993年に刊行された第2版の初刷りの版権の頁には、「本書はフィクションである。名前、場所、事件は著者の想像の産物であるか、フィクション風に使われている。実際の事件や場所、生存者、死者に類似してている箇所があったとしてもそれはまったくの偶然である」という文章がある。議会図書館出版データ・カタログも、本書を「フィクション」(出版コード7 9 10 8 6 、5 7 9 10 8 6)としている。しかし、この第2版の二刷りでは、この文章は消えた(出版コードの9 10 8 だけが空欄となり、のちにはこの空欄も消えた、出版コード13 15 17 19 20 18 16 14 12)。さらに、少々のちになるが、このカタログ情報(「フィクション」)さえも本書から除かれている(コード15 17 19 20 18 16)。スピルバーグの映画をめぐる騒動を考えると、キニーリーの本を、事実に部分的にもとづいているだけのフィクションと分類してしまうことは、もはや適切ではなくなったのであろう。しかし、引用した文章は、批判をかわすための法律的な策略であるかもしれないことを念頭においておくべきであろう。キニーリーの小説『アスマラに向かって』の冒頭には、「トーマス・キニーリーは1964年に執筆活動を始めた。彼の作品には、…『シンドラーの箱舟』(1982年にブッカー賞を受賞し、それ以前と以後のブッカー賞受賞作品よりも多く売れた)ある」とある。本書の初版は1989年であるが、版権は1988年である。これが書かれたのは1989年、『アスマラに向かって』のコロネット版(Hodder & Stoughton)においてであった。その後、小説がスピルバーグによって映画化されたのちに、『シンドラーのリスト』と改名され、世界中の読者に、のフィクション――実際にはそうではないが――として登場した。キニーリーは、事実から借用してフィクションを作り出すテクニックを進化させた。彼がエルトリアとスーダンを実際に訪問したのちに執筆したエルトリア・ゲリラについての本では、自分の報告のリアリティを強く否定している。

これ以外にも、スピルバーグは、プラショフ収容所長がSSから訴追された事実を隠している。(58)

(58)Affidavit SS-65 by SS Judge Konrad Morgen, IMT, vol. 42, p. 556.

 「映画『シンドラーのリスト』は、オスカー・シンドラーは実業家で、彼の工場ではユダヤ人が働いていましたが、SS将校が次々にユダヤ人を殺してしまうため、シンドラーの工場経営がピンチになってしまうというストーリーでした。

SSが工場のユダヤ人を次々に殺してしまうため、オスカー・シンドラーは従業員を殺させないためにユダヤ人を庇ったのです。

しかし、現存する資料はSS将校がユダヤ人を虐待することは犯罪であることを示しており、『シンドラーのリスト』に出てくるSSは間違いなく死刑です。

SS将校が工場の生産力を高めるためにユダヤ人を大事にしていたとなれば、シンドラーがユダヤ人を庇う必要はありません。

したがって、『シンドラーのリスト』のストーリーが根本から崩れてしまいます。

『シンドラーのリスト』のモデルになった歴史的事実は存在しないことは、あのインチキ臭いプロパガンダ映画を見た時点でうすうす気づいてましたが、調べてみたら案の定でした。

上のソースが示しているように、『シンドラーのリスト』の原作小説は歴史的根拠がまったくない想像の産物であり、なにより小説の原作者がフィクションであることを認めていました。

しかし、映画が大ヒットしてしまい、いまさら『実はフィクションでした。ごめんなさい』とは言えない状況になってしまったため、いつの間にか『ノンフィクション』にしていたというのが事の真相なのです。

…………。」


(゜Д゜)ハァ?


 「と、思う人もいるでしょう。

そう、どこかで見たようなパターンです。

そう、どこかで……

さて……

あれを見たのはどこだったか……

たしかにどこかで見たことがある…

星に―――― 手が届きそうだ。

ところで皆さんは百済書記という本をご存知でしょうか?」

 参考資料:【KanonSS】コリアンジェノサイダーnayuki1より

:hse220<及んだなチョッパリ! 偉大な韓国にはfantasy小説の『日本書紀』と違って『三国史記』や『三国遺事』がある!

:nayuki<『三国史記』も『三国遺事』も12世紀に成立で、しかも原本が見つかっていません。現存しているのは、13世紀に書かれた写本だけです。阿呆の韓国人はそれも知らないのですか?

:hse220<ハハハ 『日本書紀』は我が国の『百済書記』を模倣したものだと分かっている! お前達の歴史は我が国の模倣だという証拠だ!

:nayuki<プッ、それってこれのことですか? 韓国人は妄想と現実の違いが分からないという証明をしてくれてありがとうございます。

:hse220<−

韓国人は本当に架空小説や反日ドラマを「証拠だ」と言い張ることがある。日本人には呆れるしかない物言いではあるが、それが彼らの標準レベルであるのだ。

百済書記』は受験に失敗した韓国学生が憂さ晴らしのために書いた反日架空小説である。これを在韓日本大使に大威張りで送り付けるほど韓国人の認識は世界から乖離している。正常な国際常識があったら、そんなこと恥ずかしくて出来ないだろう。

 「ユダヤ人は本当に『アンネの日記』のような架空小説や『シンドラーのリスト』のような反独ドラマを『証拠だ』と言い張ることがあります。

ドイツ人には呆れるしかない物言いではありますが、それが彼らの標準レベルなのです。

困ったことにユダヤ人の架空小説や反独ドラマは完成度が高く、まるでそれが本当にあったかのようなリアルな作品を作ることができるため、非常にやっかいです。

『シンドラーのリスト』は完成度の高い『百済書記』と言っても過言ではないと思います。

嘘を嘘と見破れないものにハリウッド映画を見るのは難しいのです。

それにしても『ノンフィクション』と書いておけば、それだけで視聴者を騙せるのだから、世の中って思ったよりも単純にできてるものなんですね。

嘘も百万回繰り返せば本当になるとはよく言ったものです。

通常、こーいう行動は詐欺罪か何かに該当すると思うのですが、判事を買収したとか、弁護人がとても優秀だとか、検察のやる気がないとか、下手に騒ぐと命の保証が無いとか、いろいろ事情があるのでしょう。

大人の世界では、必ずしも正論は正しいわけではない。

大人の世界はいろいろ複雑なのです。

『シンドラーのリスト』を字幕で見た人で気づいた人はいるでしょうか?

この映画の登場人物は基本的に英語で会話しているのですが、怒鳴ったり、叫んだり、暴力シーンのかけ声はドイツ語なんですね。

だから予備知識のない人間は知らず知らずのうちに『ドイツ語=ナチス』という暗示をかけられるわけです。

ところが、ドイツで上映されたシンドラーのリストは全部ドイツ語だから、ドイツ国内の人間で気づく人はあまりいません。

このようなちょっとした暗示は些細なことのようですが、何度も繰り返せば絶大な効果を上げることができます。

催眠術と宣伝の基本は同じことを何度も繰り返すことですからね。

しかし、ユダヤ人の手口さえ知っていれば、ホロコースト映画を見るたびに、

捏造キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!

とか、思えるようになります。

たとえば、ホロコースト映画最新作の『灰の記憶』(2003年)ですが、このプロパガンダ映画も歴史的根拠がまったくないフィクションであることは簡単にわかります。

『灰の記憶』は、アウシュビッツ収容所のユダヤ人の共産主義者が反乱を起こして焼却棟を破壊したという事実に沿っていますが、事実はそこだけでして、あとはすべて想像の産物だったりします。

この映画は、アウシュビッツで人体実験や拷問の助手をしていたユダヤ人医師ミクロシュ・ニスリの書いた手記をもとに、監督のティム・ブレイク・ネルソンが書いた『グレイ・ゾーン』という戯曲が原作なのですが、

このユダヤ人医師ミクロシュ・ニスリの証言はまったく信用できません。

アウシュビッツ収容所には、一日に2万人を処刑して焼却炉で灰まで焼く能力などありませんし、ユダヤ人が生き埋めにされたと証言しているのに、その場所を掘り返して死体を確認することもされていません。

非人道的な人体実験が行われたといっても、その実験データは非公開ですし、何が悲しくてわざわざ意味不明の非人道的な人体実験など繰り返さねばならかったのでしょうか?

毎度お馴染みの裏付けのない証言だけで物的証拠は皆無という例によって例のパターンです。

こんないい加減な証言をした人の手記など捏造文書に決まっています。

ミクロシュ・ニスリの手記に書かれている内容を裏付ける物的証拠がないのでは、その手記に歴史史料の価値はありません。

また、『ライフ イズ ビューティフル』という映画もまた、事実の検証などまったくせず、妄想を具現化しただけの馬鹿映画であることは簡単にわかります。

この映画の舞台はイタリアのユダヤ人絶滅刑務所ですが、イタリアにはそんな刑務所はないのでこのお話はモデルとなった話さえもないことは明白です。

ネットサーフィンしていると、この刑務所がドイツ国内の刑務所とか、よりによってポーランドのアウシュビッツとか書いているサイトがいくつかあります。

ドイツ国内に絶滅刑務所がなかったことはナチハンター・サイモン・ヴィーゼンタールですら認めてますし、アウシュビッツを米軍が解放したという事実はないので、アウシュビッツではありません。

このように、映画がインチキなら、そのレビューを書いているサイト、恐ろしいことに個人の趣味サイトではなく、れっきとした会社や団体などの公式サイトですら妄想のままに文を書いています。

しかし、嘘も百万回繰り返せば本当になるので、ネットサーフィンしているとこの手のサイトが後を絶ちません。

その人たちは純粋に悲劇を繰り返したくないから『シンドラーのリスト』、あるいは『ライフイズ ビューティフル』を紹介しているのでしょう。

ですが、その中に工作員がいるとしたら――――

一般市民に紛れ、世論を自分の思い通りに動かしているとしたら―――

もしかしたらあなたのお気に入りサイトが工作員のサイトかもしれませんよ。

もちろん、このコンテンツの作者がネオナチの工作員である可能性もあるわけです。

事実は『0』か『1』のどちらかしかないのですが、シュレディンガーの猫という答えもあります。

本当の答えはどうなのでしょうね?」

 参考資料: 「粘土足の巨人 ラウル・ヒルバーグとホロコーストに関する彼の標準的著作」

著ユルゲン・グラーフ 歴史的修正主義研究会試訳

Jurgen Graf, The Giant with Feet of Clay, Raul Hilberg and his Standard Work on the “Holocaust”, Theses & Dissertations Press, Capshaw, AL, 2001

ミクロス・ニーシュリ博士

ヒルバーグが4回典拠資料として引用している[160]ユダヤ人医師ニーシュリは、アウシュヴィッツに収容されており、そこで、メンゲレ博士とともに医師として働いていたと「主張している」。1946年、彼はハンガリー語で「事実報告」を書き、それは多くの言語に翻訳されて、1992年に、Im Jenseits der Menschlichkeitという題で再刊された。ニーシュリは、ビルケナウでは、1日20000名がガス処刑され、焼却棟で焼却されたと述べている。実際の理論的な最大処理能力よりも20倍以上も大きな数字である。彼は、「ブンカー」と呼ばれたガス室に改造されたビルケナウの農家についてはまったく知らず、脱衣地域とされた農家の「横で」、毎日5000-6000名が、炎がもえたぎる壕に押し込まれ、生き埋めにされていたと述べている。[161]

[160] Hilberg’s footnotes  240, 466f., 470.

[161] Miklos Nyszli, Im Jenseits der Menschlichkeit, Dietz Verlag, Berlin 1992, pp. 59ff.; 2000年5月の第13回国際修正主義者大会で、Charles Provanは、ニーシュリの背景や運命についての興味深い研究を新しく報告しているが、それは「歴史評論」と「VffG」に発表されるであろう。


※ 1943年4月12日ロシアのスモレンスク郊外にあるカチンの森で、ソ連に侵攻したドイツ軍が4321人の虐殺死体を発見した「カチンの森」事件で、ドイツはこれらの死体はソ連軍に虐殺されたポーランド軍将校らのものだと主張した。ドイツはソ連の虐殺を立証するため死体を掘り起こしたり、国際赤十字などの中立勢力に調査を依頼した。

1990年、ソ連のゴルバチョフがソ連の仕業であることを認め、ナチスの冤罪事件がまた一つ解決したのであった。

本来、殺人事件はこのように実地検証が当然であり、中立勢力はもちろん世界中の一般人にもはっきりわかる形で公表されなければならない。しかし、ニーシュリの証言にある「生き埋め」の話はまったく実地検証をしていない。広大なロシアの雪原のどこかではなく、たかが数キロ四方のアウシュビッツ収容所内限定とわかっているのなら死体を掘り起こすことは十分可能である。それをしないのは、アウシュビッツの周りを掘っても死体は出てこないことを知っているからである。

 参考資料: かけはし1999.5.24号 文●坂口民雄

それは作品の状況設定によるところもあるだろう。たとえば、イタリア降伏後、ナチスの手によって救出されたムソリーニを擁して作られた「サロ共和国」内に設置されたとおぼしき収容所が映画後半の舞台なのだが、ここはユダヤ人のガス室での大量処刑がなされる「絶滅収容所」でもある。そしてこの収容所が「絶滅収容所」でもあるということは、映画全体のプロットにおいて決して小さくない要因になっている。しかし、イタリアにガス室処刑を行った「絶滅収容所」があったという事実はない。こうした描き方はナチスの犯罪を相対化しようとする「歴史修正主義」の攻撃に口実を与えかねないだろう。また、収容所からジョズエを救出した「解放者」はアメリカ軍である。すなわちファシズムの重圧から人間の「希望」を回復し「ライフ・イズ・ビューティフル」を体現させる救済者は米軍なのである。ナチズムのユダヤ人大虐殺という人類史的犯罪の対極にたつ、ヒューマニズムの担い手としての「連合国」という古い図式が、今日の「希望」にそぐわないことは言うまでもない。この映画のパンフレットの中で、秦早穂子さんは「ユダヤ人の多いアメリカ映画界、ましてアカデミー賞」が、ユダヤ人虐殺への告発を「笑いの中で描いた」この作品にどういう評価を下すか、が問題だったと書いている。そして、この作品がアカデミー賞の3部門で受賞し、最高の評価を得たという事実そのものの中に、われわれの時代に対する批判的現実感覚の欠如がうかがえるのではないだろうか。

※ 絶滅刑務所のないイタリアにそれがあったような映画が作られてしまった以上、大日本帝国にユダヤ人絶滅刑務所があったと描かれる映画が作られる可能性は否定できない。現在の世界の常識は「ナチスと同盟していた国=ユダヤ人絶滅計画の共犯者」なのである。

 参考資料: Webサイト CPNN

*CPNNは、平和の文化の価値観にそうような、本・映画・歌・コンピュータゲームなどを広く紹介します。

内容は、ホームページを見たビジター(レポーター)からの投稿が基本であり、研修をうけたモデレータがそれを編集し、コメントをつけて、誰もが読めるようにネット上に紹介します。このような試みにより、(1)平和のニュースと(2)平和のメディアがみんなに広がっていくことを目的としています。CPPNは、さまざまな言語によって提供されています。たとえば英語のサイトはメルボルン大学国際紛争解決研究所によって運用されています。

各国語のニュースのうちの一部は翻訳されて、他の言語でも紹介されます。

ゆくゆくは、様々な国でプロジェクトをおこなっている地域社会のグループが、他の国の同様なグループと自分たちの経験について交流していけるようになることをめざしています。

*CPNNは、日本では

によって作られています。

映画「『ライフ・イズ・ビューティフル』を見て」

1998年・イタリア 117分

監督・ロベルト・ベニーニ

レポーター:金丸裕紀

これは最近の映画ではないのですが、僕が見た中で最も心に残った映画なので紹介したいと思います。ちなみに僕はビデオで見ました。この映画は、第二次世界大戦中にナチスドイツよってユダヤ人大量虐殺が行われたアウシュヴィッツ収容所での悲惨な出来事とその中で必死に生き抜こうとする三人の家族の愛と絆の物語です。


※ アウシュヴィッツを占領解放したのは映画に出てきた米軍ではなく、あなたたちが大好きなソ連軍です。

 「研究本に出てくる『ナチス親衛隊』はえてして常軌を逸したサディストか冷血漢ですが、

戦記に出てくる『武装SS』は鋼鉄の騎士の名にふさわしき高潔で比類なき勇者であることが多いです。

そして日本の漫画にはこの相反するイメージを無理矢理一つにしたようなキャラが多少なりとも存在します。

たとえばジョジョの奇妙な冒険のシュトロハイム少佐。

気持ちのいいくらいの馬鹿っぷりが読者の心を離しません。

そしてヘルシングの少佐殿

ここまでカッコいいデブ眼鏡も珍しいですね。

たしかにキャラクターとしてナチスキャラは強烈な印象を残しますし、それが作品の魅力であることはこの2つの例だけたしかです。

しかし、これらはあくまでフィクションに過ぎないのです。

実際にこんなドイツ人はいません。

もっともこんなドイツ人が本当にいると思っている読者はいないでしょうが、『モデルとなった歴史的事実がある』と思っている読者は多いと思われます。

たとえば収容所内の計画的虐殺が本当にあったような印象を受けている読者は非常に多いでしょう。

ですが、そんな歴史的事実は存在しません。

何から何まで想像の産物であり、根拠のない作り話に過ぎないのです。

『ジョジョの奇妙な冒険』のシュトロハイム少佐の場合、収容所のユダヤ人を虐待し、あまつさえ人体実験として処刑しているのだから、現実の世界でこんなSSがいたら確実に死刑でしょう。

シュトロハイム少佐のような誇り高き武装SSならば、どんな状況に立たされようとも、無意味に収容所のユダヤ人を虐待したりすることはしないでしょう。

プロイセンの騎士は弱いもの虐めなどしないのです。

なにせSSと言えば、親衛隊員にあるまじき行為は禁止ということで、猫を虐待して死刑になったドイツ人がいたり、同性愛者であることが発覚すればよくて去勢、悪ければ死刑という、それはそれは異常なほど規則にうるさくて、融通がまったく利かないターミネーターのような連中の集まりなのです。

なお、ナチス政権下のドイツでは、蟹や海老などを調理する時も、冷水に浸して身を引き締めるという方法は法律で禁止されていました。

沸騰したお湯に入れて即死させるなど、できるだけ動物に苦痛を与えない調理法が法律で義務付けられていたのです。

ナチス・ドイツは国家規模で動物愛護団体が活躍していた国でしたが、それを言うとネオナチのレッテルを張られるのはお約束ですね。

とにかく『SSがユダヤ人を虐待することは犯罪だった』ということがまったく描かれていないのでは、読者が誤解するのは可能性は極めて大です。

まぁ、ジョジョの作者はイギリス万歳野郎ですから、シュトロハイム少佐はイギリスの工作員という可能性もあります。

何せこの手の内部工作は英国のお家芸ですし、ネオナチを作ったリーダーがMI6のスパイだった事実からもあり得ない話ではないと思います。

それは冗談としても、連合国の作ったナチスのイメージが疑問視される日はいつ来るのでしょうか?

WWII経験者が生きているうちにその日が来て欲しいものです。

一方、『ヘルシング』の少佐殿ですが……

この漫画は趣味100%で描いているだけなので特に言うことはないのですが、この漫画の影響でナチスを調べた人が連合国の偽情報に騙されてしまう可能性は非常に高いです。

実は手元に『ヘルシング』の謎本があるのですが、やはり『ナチス=絶対悪』の前提で書かれています。

ようするに連合国の偽情報をそのまま鵜呑みにしてしまっているのです」

 参考資料: 『ヘルシング 完全真理解析書』 著渡辺水央

P.183

彼の独裁政治が生んだ最たる悪行こそが、ホロコースト――ユダヤ人絶滅計画による大虐殺だ。彼はユダヤ人たちを強制収容所に送り、本人いわく一日9000人が殺せるとされたガス室で(実際には2万人の処理能力があったという)、銃殺で、そしてありとあらゆる残虐で残忍なやり口で、彼らを虐殺した。

さらに言えば、ヒットラーはいわゆるナルシスト「自己愛パーソナリティ」の人間であり、度の過ぎた潔癖症「脅迫神経症」であり、物事の微妙さを理解しない「精神分裂病」であり、また「死体愛好者(ネクロフィリア)であったとも言われている。ヒットラーが虐殺したユダヤ人たちの体の部位を使って、さまざまなオブジェ、製品を作らせていたのは有名な話だ。彼がユダヤ人を愛せたのは、無残な姿になったときだけだったのだ。」

 「本人、つまりヒトラー総統自身が言ったと言われているそうですが、それは誰が言ったのでしょうか?

そもそも、この部分の記述は何を根拠に書いているのでしょうか?

説明するまでもなく、この本の作者は見事に連合国の偽情報に騙されてしまっています。

命令書も報告書もない。

現存する絶滅用ガス室が一つもない。

ガス室で死んだ人間の死体が一体もない。

この状況では絶滅計画を立証するのは不可能です。

現存する命令書はユダヤ人絶滅計画を真っ向から否定するものばかりです」

 参考資料: 「粘土足の巨人 ラウル・ヒルバーグとホロコーストに関する彼の標準的著作」

著ユルゲン・グラーフ 歴史的修正主義研究会試訳

Jurgen Graf, The Giant with Feet of Clay, Raul Hilberg and his Standard Work on the “Holocaust”, Theses & Dissertations Press, Capshaw, AL, 2001

収容所での高い死亡率はおもに疫病によるものであったが、栄養状態の低さ、衣料の不足によるものでもあり、経済的な効率を著しく低下させていた。このために、1942年12月28日、グリュックスはすべての強制収容所長に一般的な注意事項を送り、そのなかで、囚人の労働力の維持への責任をこれらの所長たちに負わせた。彼は次のように書いている。[82]

「収容所の医師団は、自分たちの持っているあらゆる手段を使って、収容所での死亡率がかなり低くなるようにするであろう。…収容所の医師は、以前よりも注意深く、囚人の栄養状態に配慮し、収容所長の行政的措置に対応しながら、改善策を提案すべきである。こうしたことは、紙の上だけではなく、収容所の医師団によって定期的に監察されるべきである。…SS全国指導者は、収容所の死亡率を是が非でも低くするように命令している。

[82]NO-1523.

ヒムラーが死亡率を低くせよという命令を出した時期は、ヒルバーグやその他の「ホロコースト」史家によると、6つの「絶滅収容所」がフル操業していた時期である。絶滅論はまったく資料的な根拠を持たないのである。

事実、収容所の状況は、この指令の結果著しく改善され、死亡率は8ヶ月で80%ほど縮小した。[83]

ヒルバーグによると、すでに430万のユダヤ人が絶滅されており、80万のユダヤ人が絶滅される予定であった1943年10月26日、ポールは19の強制収容所長に一般的な注意事項を送り、次のように述べている。[84]

「ドイツの軍需産業の分野では、過去2年間に実行された改善努力のおかげで、強制収容所は戦争の中で決定的に重要となった。われわれは無から、比類の無い兵器工場を建設してきた。今、われわれは全力を傾けて、すでに達成されている生産レベルを維持するだけではなく、それをさらに改善しなくてはならない。そのことは、作業場や工場が今のまま残っているかぎり、囚人の労働力を維持し、高めることによってのみ可能であろう。再教育政策が採用されていた初期の時期には、囚人が有益な仕事をするかどうかは問題とならなかった。しかし今では、囚人の労働能力は重要であり、収容所長、連絡所長、医師団のすべての権限は囚人の健康と効率を維持するために拡大されるべきである。偽りの同情からではなく、われわれは囚人たちの手足を必要としているからである。囚人たちはドイツ民族の偉大なる勝利に貢献しなくてはならないのだから、われわれは心から囚人の福祉に配慮しなくてはならない。

私は、病気のために労働できない囚人を10%以下に抑えることを第一の目標としたい。責任ある部署にいる人々は、いちがんとなってこの目標を達成すべきである。それには以下のことが必要であろう。

  1. 適切な栄養供給
  2. 適切な衣服供給
  3. すべての自然保健措置の利用
  4. 仕事の実行には必要ではない作業をさけること
  5. 報奨の奨励

[83] PS-1469.

[84]Archiwum Muzeum Stutthof I-1 b-8, p. 53.

 「ヘルシングの謎本で記述されている死体のオブジェについてはイスラエルが否定しているのだからあり得ない話です。

朝鮮や支那と違って、死者を弄ぶ文化は日本やドイツにはないのです」

 参考資料:論集『ホロコーストの解剖』序文 著ロベール・フォーリソン

(アドレス:www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/faurison_01.htm#_edn4

[20]ヤド・ヴァシェム文書館長シュムエル・クラコフスキーとヤフダ・バウワー教授は、「ナチスが人間の脂肪から石鹸を作ったことはなかった」と1990年についに認めた (The Jerusalem Post International Edition, 5 May 1990)。ニース(フランス)の墓地には、次のような碑文のある記念碑がある。「この骨壷には、ドイツ第三帝国が移送されたわれわれの兄弟たちの死体から製造した人間脂肪石鹸が入っている」。

 「大戦中、敵兵の死体でオブジェを作っていたのは主に米軍で、日本兵の死体をオブジェにした写真が掲載された雑誌がたくさん残っていますし、それを否定するものはいません。

何せWWIIのアメリカでは、日本兵の耳を自宅のドアに釘で打ちつけて戦場での勇敢さを競い合うのが流行っていたほどですから。

現在ではどう考えても猟奇殺人犯としか思えない写真が一般雑誌に載っていたことからも当時のアメリカ人が日本人を人間と思っていなかったことがよくわかります」

 参考資料:ライフ・マガジン、1944年5月22日、34f頁より

写真の女性はアリゾナ州フェニックスの軍需工場労働者ナタリー・ニッカーソン(20歳)

頭蓋骨は海軍中尉がニューギニアで拾った日本兵の頭蓋骨

小林よしのり著「戦争論」では1944年8月に載ったと書かれていた。

しかし「戦争論3」では1944年5月に訂正されているのでこっちが正解なのだろう。

どうでもいいけどね……

 参考資料:元従軍記者エドガー・L・ジョーンズ「アトランティック・マンスリー」誌1946年2月号)より

われわれアメリカ人の世界観として、他の諸国に対し聖人ぶった態度をとる危険な傾向がある。われわれは、他の国民より気高く、まともであり、したかがって、世界で何が正しく何が間違っているかを判断するよりよい立場にある、と考える。しかし、一般のアメリカ市民は、われわれが一体どういう戦争をした、と思っているのであろうか。われわれは情容赦なく捕虜を殺し、病院を吹っ飛ばし、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を殺害あるいは虐待し、敵の負傷者にとどめを刺し、死にかけた人間を死者と一緒に穴に放り投げ、太平洋諸島では敵の頭をボイルして肉を落として恋人のためにテーブル用の置物飾りを作り、骨をレター・オブナーに細工した。…勝利者としてわれわれは敗者を人類に対する罪で裁く立場にあるが、もしも国際法違反で裁かれれば、われわれは一ダースもの訴因で有罪になるであろうことを認識すべきである。

 参考資料: 「写真はナチスのユダヤ人絶滅を証明しているか?」 著:ウド・ヴァレンディ

Udo Walendy, Do Photographs Prove the NS Extermination of the Jews?, Gauss, Ernst, Dissecting the Holocaust. The Growing Critique of 'Truth' and 'memory', (Ed.), Theses & Dissertations Press, Capshaw, AL, 2000

とくに興味深いのは若い歴史家ヴァルター・ポシュトの回答である。彼の話は多くの点で修正主義的であり、こう締め括っている。

「『絶滅戦争。ドイツ国防軍の犯罪』に関する本の論文の中で、アルフレド・シュトライム[ルードヴィヒスブルク地方司法局中央局の検事]は、中央局が1958年に設立されて以来、ドイツ国防軍のメンバーに対する3000ほどの予備審理がドイツ連邦共和国で行なわれたと述べている。言い換えると、3000名のドイツ国防軍兵士が、ナチス犯罪や戦争犯罪に関与した嫌疑を受けたというのである。ドイツ国防軍に所属していたのは1800万ほどの男女であった。とすれば、3000名とは全体の0.017%である。仮説として、未報告の事件、露見していない事件の割合が90%であるとすると、容疑者の合計は30000名となり、これでも、0.17%にすぎない。しかも、ドイツ連邦共和国での3000の予備審理のなかで、2件だけが有罪となった。旧東ドイツでも、ドイツ国防軍のメンバーが有罪となったのは合計8名であった。したがって、量的研究によると、『高潔なドイツ国防軍』という伝説は、伝説ではなかったことになる。」(73)

(略)最後に、アメリカ軍兵士が、殺された日本兵の骨からみやげ物を作っていたことはよく記録されており、広く認められている(図26)。アメリカ軍兵士はこれを自慢していたが、そのような犯罪をドイツ軍兵士が行なったとは証明されてこなかった。(81)

73)W. Post, "Die Wehrmacht im Zweiten Weltkrieg. Armee zwischen Regime und totalem Krieg", in Joachim F. Weber (ed.), op.cit. (note 62) (online: vho.org/D/aik/Post.html)

(81)John W. Dower, War without Mercy, Pantheon Books, New York 1986; cf. E.L. Jones, The Atlantic Monthly, Februar 1946, pp. 48-53, here pp. 49f.; cf. U. Walendy, Historische Tatsachen, no. 68: "US-Amerikanische Kriegsverbrechen" (US-American War Crimes), Verlag fur Volkstum und Zeitgeschichtsforschung, Vlotho 1995) and more recently: Alliierte Kriegsverbrechen und Verbrechen gegen die Menschlichkeit (Allied War Crimes and Crimes Against Humanity), 2nd ed., Arndt, Kiel 1997.

 「ヒトラー総統はユダヤ人問題はすべてSS長官のヒムラーに一任しており、そもそもユダヤ人問題には関わっていませんでした。

東部戦線や西部戦線が忙しくて、ユダヤ人をあーだこーだする余裕などなかったのです。

不必要なほど軍部に干渉してドイツを敗戦に導いた無能な伍長閣下の頭の中は戦争のことだけだったことはあまりに有名な事実です。

もしもヒトラーがユダヤ人問題を重視して軍部に干渉しなければドイツは戦争に勝っていたでしょう。

彼が人体実験の命令を下したというのは、せいぜい部下にコーヒーを飲ましたくらいのものだと思います。

『コーヒーは胃に悪い」と一般に言われていますが、ヒトラーはこの健康常識に疑いを持ち、350人の軍人にコーヒーを一日に10杯以上30日間飲ませて胃の検査を行ったのです。

これによると、胃に異常は見られませんでした。

こうした人体実験の結果、コーヒーはドイツ軍の軍用飲料とされたのです。

まあヒトラー・ユーゲントの方針ではコーヒーを飲むことをあまり薦めてはいませんでしたけどね」

ナチス・ドイツ! 参考資料: 1939年にヒトラーユーゲントの顧問医師が発表した十戒。

「ナチ・ドイツ清潔な帝国」(H・P・プロイエル)人文書院より

君の身体は国民のものである。国民あってこそきみは存在し、身体についての責任を国民に対して負うている。

つねに清潔を心がけ、身体を大切にし、鍛えなければならない。それには日光と外気と水が有益である。

歯を大切にせよ。強く丈夫な歯は誇りとするに足る。

なまの果物と野菜をきれいな水でよく洗ってから、たっぷりと食べよ。果物には、熱を加えると失われてしまう栄養素が含まれている。

果物ジュースを飲むこと。コーヒーはコーヒー中毒者に任せておくがいい。君には必要ない。

アルコールとニコチンを避けよ。それらは君の成長と労働力を阻害する毒である。

肉体鍛錬に励め。それは君を健康にし、抵抗力を強める。

毎晩少なくとも8時間の睡眠をとれ。

事故に備えて救急法を学べ。それによって君の仲間の命を救うことができる。

健康であることが君の義務である。この言葉が君の全ての行為を支配しなければならない。

 「というわけで、人体実験というと残酷なイメージがありますが、このような食品検査もまた『人体実験』と呼べるため、これだけでも『ナチスは人体実験をした』と言うこともできます。

このように、物事の極端な部分だけを抜き出して全体のイメージを変えてしまうテクニックを情報操作と呼びます。

何が正しくて何が間違っているかを判断するのは難しいものです。

情報戦も一つの戦い方ですから、日本人は情報戦に強くなるために勉強しなければならないのです。

なお、ドイツではコーヒー豆が不足し、コーヒー豆の代わりに大豆を炒めて切り刻んだものを使うことがありました。

この味が麦茶に似ているため、ドイツのご年配の方々は昔を思い出すという理由でホット麦茶が嫌いだそうです。

また、戦時中のチューブ入り濃縮コーヒーというものがありますが、味はともかく写真を見る限りとても飲みにくそうですね。

さて、以上の事柄を並べると、面白ければ何をやってもOKなのは自明の理。

プロの作家でさえやりたい放題なのだから、わたしが“SS大佐”を名乗る程度は全然問題ないですね。

え? 脱線するな? さっさと話を前に進めろ?

ふふ、そうですね。

知ってのとおり、毎回毎回、前振りが尋常ではない長さです。

ですが、これにもいろいろと狙いがあるのですよ。

これだけ電波を飛ばしておけば、毒電波の濃度が濃すぎて日本人以外には読解不可能でしょう?

世界最優秀を誇るイスラエルのモサドでさえ、ミノフスキー粒子に匹敵する毒電波ステルスを見破ることは至難の業。

アニメオタクだと思われる分には『キモイ』の一言ですみますが、ネオナチと思われてしまったら『危険』なのです。

アニメネタを連発しているのは身を守るための処世術なのですよ、ふふふ…

え? 趣味100%で書いてるようにしか見えない?

ふふふ、ご想像にお任せますね♪

さて、『ソフィア先生の逆転裁判2』シリーズもいよいよ後半戦。

そこで、今回は審議の前に、この先使う機会がなさそうな資料を先に公開させていただきますね。

せっかく集めた資料が無駄になってしまうのはとても悲しいことですから。

なんというか、ネットサーフィンしていると、いろいろと面白いものが落ちているんですね。

ごほん。

さて、《『ユダヤ人絶滅政策』は立証不可能であるがゆえに、連合軍のプロパガンダである》ということは読者の皆さんにはおわかりでしょうが、その一方でナチス・ドイツが強烈な反ユダヤ主義を掲げたこともまた事実です。

そして、1914年にはじまった第一次大戦には、多くのユダヤ人がドイツ兵として戦い、鉄十字勲章を受けた人もいることもまた事実だったりします。

ドイツの軍人の象徴ともいうべきこの鉄十字章は、1813年プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世によって対ナポレオン解放戦争時に制定されて以来、1870年(普仏戦争)、1914年(第一次世界大戦)そして1939年(第二次世界大戦)とプロイセン王国及びドイツ帝国の主要な戦争ごとにリニューアルされて、プロイセン王国やドイツのために戦った兵士たちに与えられてきました。

この鉄十字章の特徴は『戦功章』ということにあります。

ようするに、どんなにえらい将軍でも、実際に現場で指導力を上げたり、勇敢な行為をしなければ与えられないのです。

鉄十字こそ勇敢な兵士の証というわけですね。

若き日のヒトラー総統も、第一次大戦でこの鉄十字章を受章していたりします。

戦後のドイツでは鉤十字(ハーケンクロイツ)を否定する一方、この鉄十字はふんだんに用いられており、このことからも、戦争行為そのものを謝るつもりは毛頭ないというドイツの姿勢が伺えますね。

で、この鉄十字章ですが、レプリカの分際で値段が高く、なんでおもちゃなのにこんなに値段が高いの?とか思ったりするのですが、それでも買ってしまう人が後を絶たないため、メーカーの思う壺というところです。

ただでさえドイツ軍のコスプレは金がかかるというのに、本格的なコスプレグッズを揃えようと思ったら半端ではない覚悟が必要です」

 「……」

 「ドイツ軍ファンにも実は多種多彩なジャンルがありまして、ドイツとソ連の絶妙な組み合わせの東ドイツこそ神の見えざる手とか妙〜なこだわりのある人もいます。

まぁ、今のドイツがそんな感じですが」

 参考資料: goo映画 ロイター・ジャパン 2003年07月25日(金)

[ベルリン 24日 ロイター] ドイツの首都ベルリンで24日、旧東ドイツの美術品を集めた史上初の大規模回顧展が開幕した。東ドイツでは多くの芸術家が国家の意を受けて共産主義を賛美する作品を手掛けていたため、一般公開される作品の選択をめぐっては、1990年の東西ドイツ統一以来、激しい議論が展開されていた。展覧会は「GDR(ドイツ民主共和国)の芸術」と題し、145人の作品400点を新国立美術館で展示している。展覧会開幕前の記者会見で、国立美術館の館長は「激しい議論を呼ぶだろうが、それが我々の狙いだ」と述べた。現在「オスタルジー」と呼ばれる旧東ドイツへの郷愁ブームが起きており、旧東ドイツを回顧した映画「グッバイ、レーニン」(原題)が大ヒット。旧東ドイツを取り上げたテレビ番組が近く放映開始予定で、再開された旧東ドイツの名所旧跡には観光客が殺到している。

 「東ドイツ軍装備は安価で手に入りやすく、それをベースに旧ドイツ軍に改造したりするからたしかに需要はあると言えますが、一体赤軍のどこにそんな魅力があるのか理解に苦しみます。

独軍戦車の前には赤軍戦車などブリキの棺桶当然なのですが、それでもT−34が大人気なのはちょっと悔しいですね。

たしかにティーガーは燃費が悪いし、その重量ゆえにメンテが大変ですが、ハンマーでぶっ叩いてギアチェンジするようなT−34だって人のことは言えないと思います。

しかしドイツ戦車ばかりを見ているのは実に大人気ない。

少しは視野を広げるべきですね。

そこで今日は、デザインが超カッコいいイスラエル国防軍のメルカヴァmk3を紹介したいと思います」

↑ Merkava Mk3

 「くぅぅぅ!! このアグレッシブなデザイン! 超カッコいいじゃないですか!

すでにイスラエル国防軍の主力戦車は第四世代(=メルカヴァMk.3バズ、Mk.2ベット・ドア・ダレット、Mk.4)が開発され、第三世代のメルカヴァmk3は時代遅れかも知れませんですが、メルカヴァシリーズはこのmk3が一番カッコいいですね。

写真を見ればわかるように、砲塔上部にはトップアタック(装甲の薄い上部甲板部分への攻撃)兵器に対処するためのERA(爆発反応装甲)が装着されています。

ERA(Explosive Reactive Armor)というのは、2枚の鋼板の間に爆薬を挟んだ装甲板のことで、主装甲に貼り付ける形で使用されます。

敵の弾が装甲に当たると、そのとき衝突の圧力で爆発性の物質が起爆して、表面側の鋼板を高速で吹き飛ばすという仕組みです。

なぜ衝突で爆発するのかというと、爆薬の間に空気が入っていて、それが衝突による圧縮で温度上昇をし、それがトリガとなって爆薬が化学反応を起こすからですね。

気体を圧縮すると温度が上がるというのは、自転車の空気入れをした人ならわかるでしょう。

気体の体積をV 、圧力をP、絶対温度をTとした場合、『PV/T=pv/t』の式が成り立ちます。

これをボイル・シャルルの法則といい――――」

 「あのぉ、テッサちゃん?」

 「はい、なんでしょう?」

 「久々に出番がまわってきて嬉しいのはわかるけど、さっきから話が完全に脱線してるよ。

戦車じゃなくて、ちゃんと余った資料の説明しないと……」

 「……そうですね。

わかりました。残念ですが、戦車の話はまた今度にしましょう」

 「それで結局どういうことなの?」

 「つまり、鉄十字章こそ命がけで祖国のために戦ったという愛国心の具現化なのです。

第一次大戦で、ユダヤ人の中には鉄十字章をもらった人間がいることは、ドイツを守るために命をかけて戦った在独ユダヤ人もいたということなのですね。

第一次大戦の敗戦後、ドイツの反ユダヤ主義勢力が、『ユダヤ人は戦争に行っていない』という事を実証するために調査した所、結果はむしろ逆だった、という話もあるくらいですから、決してすべての在独ユダヤ人が反ドイツではなかったのです。

ナチスが反ユダヤ主義を唱え、反ユダヤ法を制定するようになると、ユダヤ人はそれだけで社会的地位を追われてしまいます。

中にはドイツに忠誠を誓うユダヤ人もいたでしょう。

もちろん、ナチスはそのことを知っており、親ドイツ派のユダヤ人を敵に回すつもりはありませんでした。

どういうことかというと、第二次大戦でドイツ国防軍兵士として戦ったユダヤ人がいたということですね。

今から紹介するのは、『Hitler's Jewish Soldiers(ヒトラーのユダヤ人兵士たち)』という本です。

第二次世界大戦、ヒトラー政権下のドイツではユダヤ人は敵性国民と考えられ、危険分子として収容所に送られていました。

しかし、反ユダヤ主義のナチス・ドイツの国防軍には、1930年代半ばの時点で15万人のユダヤ人がドイツ兵としてドイツ国防軍に所属していたのです。

Weffen-Schutz Staffel[ワッフェン−シュッツシュタッフェル](武装SS)によくあるような外人部隊ではありませんよ。

Wehrmacht[ヴェーアマハト](国防軍)です。

当時はどこの国でも、もちろん日本でも、国防軍に入隊することは一人前の大人になった証であり、女の子にモテるには国防軍に入隊することが条件の一つにもなっていた時代です。

朝鮮人が日本政府に徴兵制を朝鮮人にも適応するように願いつづけ、届出を拒否されたためにときには自殺までする青年までが現われたり……

どうやら昔から無意味に派手なデモが好きな民族だったようですね。

ごほん、1944年にようやくそれが実現した徴兵制がすでに1930年半ばの時点でナチス・ドイツのユダヤ人には実現していたのです。

もっとも、朝鮮人の場合は『日韓併合から30年も経つのに朝鮮人は日本語がわからない』というのが大きな理由の一つでもあったようですが。

とにかく、当時の常識として徴兵されるということは名誉なことであり、これは差別とはまったく逆のことを意味していたのです」

 参考資料: 国際派日本人養成講座

こうした人々の活躍に刺激されて、昭和18年には6千3百人の志願兵募集に対して、実に30万人以上の青年が応募し、倍率は48倍にも達した。血書による嘆願も数百人にのぼり、希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、総督府を困惑させた。大東亜戦争に軍人・軍属として出征した朝鮮青年は合計24万人にのぼり、そのうち2万1千余人が戦死して靖国神社に祀られている。

第二に大東亜戦争で日韓が一体となって戦った事実をどう受け止めるか。日本人が靖国神社を参拝する際には、そこに一緒に祀られている朝鮮人2万1千余柱、台湾人2万8千余柱への慰霊も忘れてはならない。

※ 朝鮮人がここまで日本軍に志願したのは朝鮮人に金錫源将軍のような英雄がいたことも大きな理由であった。支那事変で当時大隊長(少佐)として日本軍を率い、「堅固な要塞を誇る行高城奪取に偉大な勲功を立て」(朝日新聞)、朝鮮出身者として初めて金鵄勲章功三級を受章。金鵄勲章は軍人としてもっとも名誉な賞であり、陸軍少佐で「功三級」とは異例のことであった。有史以来、支那の奴隷同然だった朝鮮人が日本軍の指揮官として支那軍を倒したことは朝鮮人を大きく勇気付けたのだった。

 参考資料:大野録一郎文書1279-5「朝鮮人徴兵に関する具体的研究」国立国会図書館蔵(樋口雄一『戦時下の民衆と徴兵』

  徴兵が可能な韓民族の人員 うち、日本語が理解できると思われる韓民族 うち、日本語が理解できないと思われる韓民族
1941年 193,007 50,753  26% 138,924  72%
1942年 214,229 51,595  24% 158,434  74%
1943年 224,936 54930  24% 165,679  74%
1944年 203,112 61,362  30% 137,741  68%

※ 1943年10月1日までは、韓民族からは志願兵しか居なかった。その1943年「兵士として適格な年代」以外から7万8458人も余計に志願していた。志願者が殺到したのは「仕事がなかった」からではない。戦争中、あらゆる業界で常に人材が不足していた。韓民族は、日本が勝ち進むのを見て、事大の対象を、熱狂的に日本に切り替えたのである。ここで注目されることは、70%前後の壮健な年代の韓国人男性が「日本語がほとんど出来なかった」と言うこと。「日本はハングルを使用禁止にした」という韓国人の主張は、全く史実と合わない事が判る。(なお、実際に韓民族に対しての徴兵が実施されたのは、「1943年10月1日から徴兵届け・1944年4月1日から8月1日の第一回徴兵検査」である)朝鮮総督府は、1938年頃まで「韓民族全体を徴兵の対象とするのは何十年も先の話」と考えていた。理由は「使えない」からである。そして総督府が危惧したとおり、大戦の後半、朝鮮人兵士の脱走・裏切りが頻発する。

 「日本軍における朝鮮人が末端の兵士だったわけではないと同様、ドイツ軍におけるユダヤ人もまた末端の兵士だったわけではありません。

ドイツ国防軍に所属したユダヤ人の中には下士官や幹部、将軍や提督までいたのです。

ですが、このような事実はほとんど知られていなかったりします。

実際は知られていないのではなく、連合国が意図的に隠蔽していたと考えるべきでしょう。

連合国がその気になれば、1945年の時点で立証は十分可能だったのですから。

アドルフ・ヒトラーが政権を取った1930年1月30日の時点でドイツでは520,000名(52万)のユダヤ人が生活していました。

移住と死亡率が出生率を上回ったために、1938年までにこの数は、350,000名(35万)に減少しましたが、オーストリアとの合併のおかげで、190,000(19万)名のオーストリア系ユダヤ人が加わります。

つまり、1938年の時点でドイツ国内には54万人のユダヤ人と15万人のユダヤ系ドイツ国防軍兵士がいたわけです。

兵士だけで15万人ですから、その家族を含めれば完全にドイツに帰化したユダヤ人の数はさらに増えるでしょうし、15万人というのは1930年代半ばの数字ですから、第二次大戦全体を通じて数えればさらに増えるでしょう。

ユダヤ教を信仰しているというだけで、ドイツ国籍を持ち、ドイツに生まれ育ったレッキとしたドイツ人の市民権を剥奪した悪名高いニュルンベルク法。

その実態は、書類を偽造すれば、それでまかり通ってしまう程度の穴だらけの法律だったのです」

 参考資料: 『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

Book Description

Contrary to conventional views, Rigg reveals that a startlingly large number of German military men were classified by the Nazis as Jews or "partial-Jews" (Mischlinge), in the wake of racial laws first enacted in the mid-1930s. Rigg demonstrates that the actual number was much higher than previously thought--perhaps as many as 150,000 men, including decorated veterans and high-ranking officers, even generals and admirals.

 参考資料:「粘土足の巨人 ラウル・ヒルバーグとホロコーストに関する彼の標準的著作」著ユルゲン・グラーフJurgen Graf, The Giant with Feet of Clay, Raul Hilberg and his Standard Work on the “Holocaust”, Theses & Dissertations Press, Capshaw, AL, 2001 歴史的修正主義研究会試訳

ヒトラーが権力を掌握したとき、ドイツで生活しているユダヤ人は520000名であった。移住と死亡率が出生率を上回ったために、1938年までにこの数は、350000名に減少したが、オーストリアとの合併のおかげで、190000名のオーストリア系ユダヤ人が加わった(p.412; DEJ, p. 394、邦訳上299頁)。この状況に対応して、1938年8月26日、帝国弁務官(オーストリアと帝国との再統一の行政官)ビュルケルは、「ユダヤ人移住中央本部」を設立した。ビュルケルの方法はすぐに帝国の他のところでも行なわれるようになった。1939年1月24日、ゲーリングは「ユダヤ人移住全国本部」の開設を命令し、ハイドリヒを責任者とした(pp. 414f.; DEJ, p. 396、邦訳上301頁)。

 「ドイツ国内にいた約70万人のユダヤ人のうち、約15万人のユダヤ人がドイツ国防軍に参加していたという事実は、『ユダヤ人絶滅計画』と明らかにムジュンしています。

一般人が持っているナチズムのイメージは『ユダヤ人は害虫であり、絶滅させなければならない存在である』という狂ったイデオロギーでしょうが、そんな狂ったイデオロギーの軍の将軍が“害虫”なのだから大した害虫ですね。

ヒトラー総統は『ユダヤ人は害虫であり、絶滅させなければならない存在である』と思っていたと言われてますが、政権を取った日の夕食にはその“害虫”を自宅に招待しているのだから、やっぱり大した害虫です。

彼の学生時代の親友もユダヤ人でしたし、彼が尊敬する、母の主治医もまたユダヤ人でした。

また旧日本軍は朝鮮人を劣等民族として見下し、害虫のごとく駆逐していったと長い間言われてきましたが、実際には旧日本軍の将軍になった朝鮮人もいました。

それと同じで、ナチスはユダヤ人を劣等民族として見下し、害虫のごとく駆逐していったと長い間言われてきましたが、実際にはドイツ軍の将軍になったユダヤ人もいたのです。

しかし、これらの事実は教科書には載ってません。

言論の自由とは、『王様は裸だ』ということに他ならないと思うのですが、残念ながら21世紀現在でも言論の自由は今だに保障されていません。

欧州ではホロコーストの存在に疑問を持っただけで逮捕されてしまいます。

最悪暗殺されてしまうことも珍しくないのです。

『それは正しい。だからそれが正しいかどうかを議論することは罪である』

このような中世ヨーロッパの魔女狩りの論理は昔話なのではなく、現在でも脈々と生き続けているのです。

違うのは中世ヨーロッパではキリスト教徒が行っていましたが、今はユダヤ教徒がやっているという点ですね」

 参考資料: Yahoo!ニュース - 海外 - 時事通信 海外ニュース - 2003年9月10日(水)7時5分

ユダヤ人虐殺否定で禁固1年=ベルギー

【ブリュッセル9日時事】ベルギー・アントワープの裁判所は9日、ナチス・ドイツが第二次大戦中に行ったユダヤ人虐殺はなかったと主張した男性に対して、禁固1年(執行猶予付き)などの判決を言い渡した。この男性は、極右支持者で63歳のドイツ系ベルギー人。「ナチスによるホロコースト(大量虐殺)はなかった」と訴えるビラを配布したとして、ベルギーの人権団体から訴えられていた。 (時事通信)

 「こんなことばかりしてるからユダヤ人は嫌われるということをユダヤ人は理解すべきだと思うのですが、あいにく『異民族にどう思われてようと知ったことではない』というのはユダヤ教の特徴であり、嫌われたら嫌われたで、それをネタにしてさらに被害者プロパガンダを広めることができるため、自発的にやめることはないでしょう。

なにせ『ホロコースト』の呪文を唱えれば、まじめに働かなくても莫大な金が手に入るのだから、ある意味これは現代の錬金術です。

“手元の資料”によれば、錬金術は等値交換。

1の質量からは1の質量しか作ることはできない、とあります。

おそらくユダヤ人は賢者の石でも持っているのでしょう。

無から金を作り出す錬金術。

それがホロコーストの正体です。

ちなみに金の純度を示す単位はカラットと呼ばれ、純金が24カラットです。

だから18金の場合、18/24ですから、75%が金の金合金ということになります。

それはどうでもいいとして、過去半世紀の間、ユダヤ人はあまりに暴利を貪り過ぎたため、最近はドイツから簡単に絞れなくなってしまいました。

ですが、ユダヤ人にとって、そんなことはさほど問題ではないようです。

ターゲットを変えればいいだけの話ですから」

 参考資料: 週間ポスト1998.11.6より

第2次世界大戦中、連合国の指導者としてナチスドイツと戦った故ウィンストン・チャーチル英元首相。英国では「偉大な英雄」と称えられる彼に「ナチスのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)を知りながら、米国に知らせなかった」との疑惑が浮上した。 疑惑の出所は、このほどアメリカで出版された『オフィシャル・シークレッツ(公然の秘密)』。著者のアメリカン大学のリチャード・ブライトマン教授はいう。

チャーチルは41年9月には大虐殺の事実を知っていたが、42年12月、米英両政府がホロコーストについての共同声明を出すまで1年以上も黙認していた

この問題について、米マスコミは現在静観中。「事実関係を掌握したうえでチャーチル批判の大キャンペーンを開始するかどうか、今は様子眺め」(米有力紙記者)

 参考資料:毎日新聞 2000年8月8日より

【ジュネーブ7日福原直樹】第二次大戦直前、スイスがナチス・ドイツに要求し、ドイツ国籍のユダヤ人の旅券にユダヤ人と分かる「J」の字を押印させていた実態が、スイス史家の研究で分かった。スイス政府は当時、ナチス・ドイツがユダヤ人迫害の根拠としたニュルンベルク法を追認する形で、ユダヤ人の特定を求める異例の外交交渉を行った。政府当局は、この「J」を目印にユダヤ人入国を制限し、大量虐殺の犠牲者を増やす結果にもなった。

ナチスとの「共謀」ともいえるユダヤ人排除策は、永世中立国の大きな歴史的汚点になりそうだ。スイス政府の外交文書編纂委員会委員、ダニエル・ブルジョア氏の調査によると、38年3月、ナチスのオーストリア併合を機に、オーストリアからスイス入国を求めるユダヤ系難民の数が増加した。ナチスがユダヤ人資産の没収を始めた6月以降、不法入国者は1日で最高1500人に上るようになった。当時のスイス警察は、国境に押し寄せた難民が「口々に強制収容所などの恐怖を訴え、戻されるなら自殺する」と主張した、と報告している。

難民の大量流入を恐れたスイスは、「(国境で)ユダヤ人の識別ができる方法」を考慮するようドイツに要求した。当初、ナチス・ドイツ政府はスイス提案に、「ユダヤ人の国外追放への障害になる」と消極的だった。これに対しスイスは、方策がない場合、入国自由だったドイツ人すべてにビザを課す対抗措置をとると反論した。交渉の中でスイス政府幹部は、「将来、ユダヤ人にスイスを侵食されたくない」とも述べ、反ユダヤ的姿勢を強調した。結局ナチス側も了承し、同年9月下旬、両国は(1)ニュルンベルク法に基づく政令が規定したユダヤ人全員に対して、旅券表紙などに長さ2センチのJスタンプを押す(2)スタンプがある場合、スイス入国査証が必要――などを決めた協定に合意した。この後、スイス警察当局は実際に旅券を洗浄し、Jスタンプの耐久性も確認した。スイスのフィリガー大統領(当時)は95年、大戦中の一連のユダヤ人政策について謝罪した。しかし、ブルジョア氏は「Jの印が(ユダヤ人追い返しに)効果を発揮したのは事実だ。ナチスの民族差別政策にスイスが共謀したことになる」と指摘している。

 参考資料:Webサイト「悲史の伝言(朝日新聞連載より)」

(アドレス: www.urban.ne.jp/home/hecjpn/hishinodengon.html

Jのマ−クの入ったパスポ−トがある。セピア色に色あせているが、赤いJのマ−クだけはくっきりと際立っている。賢そうな少年の写真が貼られている。1938年にナチスドイツはオーストリアを併合した。同年10月には、ユダヤ人のパスポ−トにユダヤ人を意味するJのマ−クが義務づけされたのだ。記念館に展示されているこのパスポ−トはウィ−ン市内に唯一現存しているユダヤ教会の会長、パウロ・グロンツ氏からいただいたものである。

 「今度のターゲットは枢軸国ではなく連合国のようですね。

ところで当時のイギリスやスイスはなぜユダヤ人を嫌ったのでしょうか?

それはドイツが、ユダヤ人とは共存できないという結論に達するまでのプロセスをリアルタイムで見ていたからでしょう。

第一次世界大戦敗北の1918年からナチス政権獲得の1933年までの15年間、ドイツ国内でユダヤ人が何をしていたかを知っていれば、イギリスやスイスの行動は主権国家として当然の行動です。

将来、ユダヤ人にスイスを侵食されたくない』というスイスの言葉は、まさに現在にまで続く欧州各国の本音でしょうね。

ヒトラー総統は国際ユダヤ人の驚異を誇張したと言われていますが、それは決して誇張ではなく、事実の通りだったのです。

ユダヤ人は迫害されて当然のことをしています。

ナチスの行動は狂気の沙汰ではなく、それなりの根拠を持った合理的な行動だったのです。

しかし、残念ながら連合国はさんざんやりたい放題だったので、それを声高らかに言うことはできません。

歴史を捏造したツケが回ってきたということですね。

骨の髄まで絞られるがいいでしょう。

偽善国家には似合いの末路です。

連合国がどうなろうと日本には関係のない話ですから。

一応、イギリスもスイスも立派な国家なんですよ。

表面上だけ見れば

 参考資料: 著スイス政府 訳:原書房編集部 「民間防衛」 原書房より

国を内部から崩壊させるための活動はスパイと新秩序のイデオロギーを信奉するものの地下組織を作ることから始まる。この組織は最も活動的で、かつ危険なメンバーを、国の政治上層部に潜り込ませようとするのである。彼等の餌食となって利用される「革新者」や「進歩主義者」なるものは、新しいものを持つ構えだけはあるが社会生活の具体的問題の解決には不慣れな知識階級の中から目を付けられて引き入れられる

(中略)

これらのインテリたちはほんとうに非合法な激しい活動は全て避けるからますます多くの同調者を引き付けるに違いない。彼等の活動は「表現の自由」の名のもとに行われるのだ。国民をして戦うことをあきらめさせれば、その抵抗を打ち破ることができる。軍は飛行機、装甲車、訓練された軍隊を持っているが、こんなものはすべて役に立たないということを、一国の国民に納得させることができれば火器の試練を経ること無くして打ち破ることができる……。このことは巧妙な宣伝の結果、可能となるのである。敗北主義-それは猫なで声で最も崇高な感情に訴える。-諸民族の間の協力世界平和への献身、愛のある秩序の確率、相互扶助-戦争、破壊、殺りくの恐怖……そしてその結論は、時代遅れの軍事防衛は放棄しようということになる。新聞は崇高な人道的感情によって勇気づけられた記事をかき立てる。学校は、諸民族との友情の重んずべきことを教える。教会は福音書の慈愛を説く。この宣伝は最も尊ぶべき心の動きをも利用して、もっとも陰険な意図のために役立たせる。このような敵の欺瞞をあばく必要がある。スイスは征服の野心をいささかも抱いていない。望んでいるのは平和である。しかしながら世界の現状では平和を守り続けるためには軍隊によって自国の安全を確保するほかないと、スイスは信ずる。

 「英国やスイスに留学した知識人は彼らの裏側を知らないため、国民国家の理想主義に洗脳されて帰ってくることが多いです。

英国やスイスは国民の勇気と団結力によって小国ながら今日まで生き残ってきた。

それは自身の手で国を守ろうとする愛国心にある。

誇り高き国民国家の奇跡、友情、平和。

なかなか感動するお話ですが、それはフィクションです。

イギリスは言うまでもなく、スイスが一般のイメージとはかけ離れた腐れ外道の国だということが最近になって明るみになってきました」

 参考資料: 「田中宇の国際ニュース解説」、田中 宇(たなか・さかい)著

50年たって暴かれるナチス財宝の謎・スイス編 97年12月5日

だが、そんな誇り高きスイスに対して今、かつてない大きな汚名が着せられようとしている。永世中立国のはずのスイスがナチスドイツを助け、ナチスがガス室に送り込む前にユダヤ人から剥ぎ取った財宝-- 結婚指輪や金歯までも --を、スイスの銀行が買い取ってマネーロンダリングをほどこした後、何食わぬ顔をして国際市場で売りさばいたり、ドイツに代わって調達した戦争用資材の購入代金として受け取っていた、というのである。

(中略)

スイスの銀行がナチスの戦費調達に協力していたという疑惑は、終戦直後からあった。1946年には、連合国がスイスに対し、ナチスドイツから預かった財産をすべて売却し、その収益の半分を戦争犠牲者の救済基金として連合国に差し出すように求めた。スイスは求めに応じて連合国と協約を結んだが、結局はほとんど約束を果たさなかった。冷戦が始まり、アメリカは戦争犯罪の処理よりも、ソ連に対する西ヨーロッパの結束を固めることの方を重視し、スイスに対して厳しく要求しなかったのである。そのため、ユダヤ人団体がアメリカ政府などに働きかけても、スイスの銀行に眠る口座についての情報が開示されることはなかった。その後、ソ連の崩壊により、情勢が変わった。1995年には戦争終結から50年がたち、機密を解かれて公開される戦時中の公文書が増えた。さらには今年、アメリカでユダヤ系のオルブライト女史が国務長官に就任するなど、ユダヤ人の発言力が外交の表舞台でも増してきたとみられることも関係しているようだ。昨年(1997年)、スイス政府は、戦時中にナチスと協力関係にあったことを認めた。そして、1億9000万ドル(約200億円)の基金を作り、ユダヤ人ら犠牲者への賠償に当てること、スイスの歴史学者の手で、スイスがナチスに対してどのように協力したかを調べること、などを約束した。その後約1年たった12月1日、歴史学者たちによる調査の結果が発表された。ナチスが戦争中に占領した国の政府やドイツ内外の個人から没収した金塊や財宝の総額は、今の資産価値にして80億ドル(約1兆円)。そのうち約6分の1を占める13億ドルは、ユダヤ人などの個人から没収した。80億ドルのうち75%はスイスの銀行に持ち込まれ、そこから連合国側の国々を含む国際市場で転売された。……というのが調査結果であった。スイスは資金面でナチスの戦争続行を助けていたのである。

(中略)

ナチスドイツ軍は、周辺諸国を侵略し、占領するたびに、その国の中央銀行などにしまってあった金塊を没収していった。そうした被害に遭ったのはベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ポーランド、チェコ、スロバキア、ギリシャ、オーストリアなど15カ国にのぼる。これらの国々の金塊はドイツ国内で鋳造し直され、ナチスのカギ十字の紋章を押した上で、スイスに持ち込まれていた。とはいえ、戦時中にスイスを資金作りの場として使っていたのはドイツだけではない。フランスやイギリスなどの連合国側も、戦費調達のためにスイスの銀行を使っていた。戦後、スイスは「世界の金庫番」として、中東のオイルダラーやロシアマフィアの口座、パキスタン前首相の不正疑惑のある蓄財など、灰色の巨額資金を引き受ける存在になったが、そうした素地は、戦争中に作られていたのである。

戦後、アメリカとイギリスがナチスの残存資産を没収し、集めてみると、337トンの金塊になった。米英はフランスと協力し、3カ国でこの金塊を元の持ち主に返すことにしたが、その対象は国家だけで、個人は対象外とされてしまった。その後のユダヤ人団体からのクレームは、冷戦という事情から無視された。337トンの金塊は、被害に遭ったヨーロッパ各国へ、順番に返還され、残っているのは5.5トンのみとなった。(現在の価格で5400万ドル相当) これも間もなく15カ国に返還される予定だった。だが、昨年からスイスに対する攻撃と並んで、ユダヤ人団体のロビー活動の力点は、この5.5トンを国家にではなく、個人に返すべきだ、という運動に向かった。この動きには米英も同調した。米英が敗戦後のドイツから没収した財宝の中には、金の指輪やネックレス、義歯など、個人の財産だったとみられるものが含まれていた。だが、米英の政府はその後長いこと「ドイツから没収した財産は、占領した各国政府から奪った財産しか含まれていない」と発表していた。嘘をついていたというバツの悪さから、ホロコースト犠牲者のための基金作りに賛同しないわけにはいかなくなっていた。

(中略)

ナチスをめぐるスイスの汚点には、実は日本も登場する。アメリカとイギリスは戦争中、日本軍の捕虜になった兵士のために使ってほしいとして、中立国スイスを通じて、当時の金で300万ドルを日本に渡してきた。

スイスと日本は1944年8月に密約を結び、この金のうち40%は日本がスイスで調達した物資などの支払いにあて、残る60%を日本側で使う、と取り決めた。この話は、在アメリカのスイス大使館が1945年に本国と交信していた暗号電文をアメリカが解読し、機密文書にしてあったが、(1997年)12月2日のロンドン会議で、スイスの条約違反をたたく目的で公開された。スイスは本来、永世中立国として、米英から託された金を捕虜の待遇改善に使ってくださいと言って、日本に渡さねばならなかったのに、それを自国の商売のあがりとして使ってしまったというわけだ。そして、この話の延長にあるものは「日本は戦時中、連合軍の捕虜をどう扱っていたのか」というテーマである。ナチスに対する裁きが一段落したら、日本の戦争犯罪について、再びクローズアップされるかも知れない。日本政府も、戦争中の歴史検証をしておかないと、やっかいなことになるかもしれない。

 「シナ・ユダ・ニダほどではありませんが、スイスもまったくもって信用できる国ではありません。

はっきりいってあの国は他国を食い物としか見ておらず、スイスの鬼畜っぷりは差別主義者と二枚舌の国イギリスに勝るとも劣りません。

英国やスイスはたしかに尊敬する点はありますが、もし英国やスイスを真似るのならば上記のような裏側まで真似しなければ効果はないでしょう。

ダグラス・マッカーサー元帥曰く、『日本は東洋のスイスとなるべき』とのことですが、スイスになることがどういう意味なのか本人はどこまでわかっていたのでしょうか?

それはともかく、ホロコーストがあろうがなかろうが、ユダヤ人は人畜無害な民族ではないことは現在のイスラエルがパレスチナで何をしているかを見れば誰の目にも明らかです。

チャーチルが一年以上も何もしなかったのは収容所のユダヤ人を見捨てたのではなく、そもそもホロコーストなどないという知っていたからでしょう。

上の新聞記事は、ただ単に偽情報を流しまくったツケが回ってきただけの話ですね。

イギリス人の先祖は韓国人なのですから、行動パターンも似ているわけです。

それにしても、ユダヤ人の行動を見る限り、イエス様は正しかったと思います」

法王庁(ヴァチカン) 参考資料: 新約聖書 ヨハネ福音書 訳注 30「わたしはある」(8章48〜59節)より

48ユダヤ人たちはイエスに答えて言った、「お前はサマリア人で、悪霊につかれていると、わたしたちが言うのも当然ではないか」。

49 イエスはお答えになった、「わたしは悪霊につかれているのではなく、父を敬っているのであるが、あなたたちはわたしを卑しめている。

50 わたしは自分の栄光を求めていない。栄光を求め、かつ裁く方がおられる。

51 アーメン、アーメン、わたしはあなたたちに言う。誰でも私の言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることはない」。

52 そこで、ユダヤ人たちはイエスに言った、「今こそ、お前が悪霊につかれていることが分かった。アブラハムも預言者たちも死んだ。それだのに、お前は『わたしの言葉を守るならば、いつまでも死を味わうことはない』と言う。

53 お前はわたしたちの父祖アブラハムよりも偉いのか。彼も死に、預言者たちも死んだ。いったいお前は自分を何者とするのか」。

54 イエスはお答えになった、「もしわたしが自分自身に栄光を帰すのであれば、わたしの栄光はない。わたしに栄光を与えるのは、わたしの父である。すなわち、あなたたちが自分たちの神であると言っている方である。

55 あなたたちはその方を認めてこなかったが、わたしはその方を知っている。もしわたしがその方を知らないと言えば、わたしはあなたたち(=ユダヤ人)と同じように嘘つきになるであろう。わたしはその方を知っており、その方の言葉を守っている。

56 あなたたちの父祖アブラハムは、わたしの日を見ることを大きな喜びとした。そして、見て喜んだ」。

57 そこで、ユダヤ人たちはイエスに言った、「お前は五十歳にもなっていないのに、アブラハムを見たのか」。

58 イエスは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたたちに言う。アブラハムが生まれるまえから、わたしはある」。

59 そこで、ユダヤ人たちは石を取り上げて、イエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、神殿から出て行かれた。

 参考資料: 「ユダヤ人と彼らの嘘」 著マルティン・ルター(1483〜1546 宗教改革の第一人者)

(中略)ユダヤ人達が自分達を他の民族より高い位置におき、他の民族を軽蔑する際にその根櫨としているのは、彼らがアプラハム以降、割礼を行っているという事である。その故に、我等異教徒はその宗派、祈り讃美歌、そして教義においてどんなに災難を被らねばならないのだろう。我等が割礼を為さぬがゆえになんと我等軽蔑さるぺき國民は、彼らの鼻の前で醜くも悪臭を発しているのであろうか。その中では彼らユダヤ人達は、すぺての異教徒達の前で主人ぶった尊大な様子に描かれている。というのはユダヤ人達はいつでも邪悪な偶像崇拝や誤った教義を実行し、割礼を受けていない心を持つ、まさにその様な民族なのであるから。それゆえ、モーゼ自身及びすぺての預言者達はその事を嘆き悲しんだのである。しかし彼らは同時に、神を喜ばせようと努力し、それゆえ預言者達を殺害したのである。聖書が、いたるところで証明しているように、彼らは預言者達の説教や教えや叱責によって自分達の邪悪な心を善きものにしようなどとは金輪際考えない、罪深く高慢な国民なのである。それでも彼らは神の召し使いたらんとし、神の御前に立とうというのだ!彼らは今日にいたるまで自らの高貴さと血筋を自画自賛する以外、何もできない。彼らは自らの宗派、祈祷、教義において自分達だけを讃美し、全世界を罪あるものと宣告する。しかし彼らは自分達が神に最も親しい子供達として神の御前に立っていると勝手に想像しているだけなのである。

(中略)彼らは本当の嘘つきにしてしつこい「いぬ」である。彼らは聖書の全ぺ−ジを始めから終っわりまで彼らの解釈で絶間なく曲解したのみでなく、それを偽造したのである。ユダヤ人達の切望とため息のすぺてがいつの日か我々異教徒を、彼らがかつてエステルの時代にペルシャで異教徒を扱ったと同様に扱いたいという所に向けられているのてある。ああ彼らはなんとエステル書を偏愛している事てあろうか。その書は彼らの血に飢えた、執念深く残酷な欲望と希望とをまことにすばらしくも肯定しているのてある。自分達を神の民と妄想し、異教徒を殺し、押しつぶしてしまいたいと望み、またそうせねぱならぬと考へている彼らユダヤ人達ほど血に飢え、執念深い人達の上には、太陽が輝く事は決してなかったのである。彼らが期待する彼らの救世主の主要な約束は神が彼らの剣によって全世界の人々を殺害する事なのである。彼らがまづ我々キリスト教徒に封して示したように、もしできさえすれば、彼らは、しばしばそうしようと試みて、繰り返し自分達の鼻先をこっひどく叩かれてきたのである。

(中略)私はまた以下のような経験を持つ…我々がウイッテンペルグで、ヘプライ語を読み始めた事を知って、三人の学識あるユダヤ人が、私を新しく来たユダヤ人ではないかと期待して私の所へやってきた。彼らはまた我々キリスト教徒が彼らの書を読むので、事態はすぐに改善されるだろうなどと偽りを言っていた。私が聖書のテキストに基づいて解釈するよう、彼らに迫ると彼らはテキストを放り出し、ちようど我々が牧師や博士達の言葉を信じなければならないのと同様に、彼らはラビを信じなけれぽならないのだといった。それで私は彼らがかわいそうになり、彼らがキリストの為に、安心してたどって行く事がてきる案内書を推薦した。後になって私は、彼らがキリストを「トーラ」即ち、吊下げられた犯罪人と呼んでいるという事を知らされた。それで私は、いかなるユダヤ人とも関わりを持つ気が全く無くなったのである。聖パウロは、彼らが天罰にさらされていると言っている。あなた達が彼らを助けようとすれぱするほど、彼らはより邪悪で、頑固になって行くのである。彼らを彼らだけにして放っておこう!この後聖書からの澤山の立証が続く。それらは細かい神学上の、科学的な、それ故一般には理解が困難な引用である。それらの文章は力強く、ルーテルのドイツを良く表わし、とびきり先駆的な形で核心を突いた発言をしていると言える。ここには、その分量の多さ故に載録する事ができない。珠玉のやうで、感動的な聖書の章句の引用の中からここにはただ以下の文のみを引用する。ハガイ書二章六節、七節「萬軍の主はこう言われる、しぱらくして、いま一度、私は天と、地と、海と、乾いた地とを震う。わたしはまた寓國民を震う。寓國民の財宝は入って来て、私は栄光をこの家に満たすと、萬軍の主は言われる」。ユダヤ人達はその寺院がまだ立っていた特代に救世主がやって来た事を否定し、その神殿崩壊後一五六八年も彼らが待ちつづけているように、救世主は依然としてこれからやってくるだろうと主張するのである。しかし、それはもはや、こんなに「長い期間」いまだにその時期がわからない以上、「少しの間に」等とは呼ぺない事なのだ。

(中略)そして今や、この文章は次のように読む事ができるだらう。「ほんの少し後には、すぺての異邦人達の欲望が姿を表わすであろう」。一体これは何なのか。異邦人達は何を望むのか。金、銀そして宝石を。あなた達は、ユダヤ人達がなぜこのような解釈をこの箇所に挿入したのかを聞きたくなるかもしれない。私は次のように言おう。「彼らの吐く息は、異教徒の金や銀に飢ゑて悪臭を放っている。太陽の下にいるいかなる者も、高利貸しという呪われた業によってわかるように、ユダヤ人達ほど貪欲な者はかつていなかったし、現在も、そしていつの世でも存在しないだらうから。彼らは又、次のような事に満足を見出している。「救世主がやってくる時、その方は世界中の全ての金と銀を所有し、それをユダヤ人の間に分配するであろう」。かくして彼らが飽く事を知らぬ貪欲へと聖書をねじ曲げる事ができる所ではどこでも、ユダヤ人達はよこしまな事にそうするのである。あなた方は神と神の預言は、ユダヤ人達の計り知れぬ貪欲がいかに異教徒達の金銀によって滞足されたかという事以外には何も預言しなかったのだと思うであらう。子供のころから、彼らは両親及びラピ達から、「ゴイム」(異教徒)に封するこのような有害な憎しみの言葉をむさぼるやうに吸収し、いまも休みなく吸収しており、詩編一○九篇によれば、それは彼らの肉体と血液、骨と骨髄の中にまで浸透しつづけて来ており、彼らの生命と存在そのものになっているのである。そして、彼らが肉体と血液、骨と骨髄をほとんど変える事がてきないのと同様に、彼らは、このやうな高慢と妬みを変える事ができない。神が特別の奇跡を起こさぬ限り、彼らはただそんな有り様のままでいて、破減して行くしかないのだ。

(中略)我が親愛なるキリスト教徒よ。それ故、心よりユダヤ人たらんとしているユダヤ人ほど敵意を持ち有害で強力な敵は、悪魔以外には誰もいないといふ事を知らなければならない。彼らの内には午やアヒルが信じる事を信じる者もいるかもしれない。しかし、彼ら全員が、彼等の血と割礼の信仰の中に包まれているのだ。それ故、歴史上彼等はトレントやワイセンシー等におけるが如く、しばしぱ井戸に毒を投げ込み、子供違を誘拐、殺害したとして有罪を宣告されているのてある。もちろん彼らはこれを否定する。しかしながらそれが事実であるにせよ無いにせよ、もし彼等が秘密であるにせよそうでないにせよ、そうした事を行動に移す事が可能な場合には、彼等には、それらの事をなすのに十分用意のできた意志があるという事を私はよく承知しているのである。こうした事をしっかりと知って欲しい。そして、それに従って行動して欲しいのだ!時折、彼等は何か善き事を為すかもしれない。しかしそれはあなた達への愛によるのでも、あなた達の福利の為になされるのでもないという事をよくよく承知しておかねばならない。我々のあいだで住んでいける余地を手に入れる為に彼等は当然何かをしなければならないだけなのだ。しかし彼等の本心は私が概に述ぺたごとくであり、また依然としてそうであり績けているのだ。あなたは私の言う事を信じたくないのか。それならリラ、プルゲン、そして、その他の高潔で信頼できる方達の書物を読んで見て欲しい。萬が一にも彼等がその事を書いていなかったと仮定しても、聖書は蛇と女性といふ二つの子孫が他の誰よりも、キリスト教徒と封立しており、神と悪魔の間にはいかなる妥協も存在しないという事を明らかにしている。こうした事は彼等の著書や祈祷書にもまた、粗野な形で描かれている事なのである。

(中略)私の考えでは以下のような結論にならざるをえない。もし我々がユダヤ人達の涜神から潔白で、彼等の共犯者になってはならぬとすれば、我々は彼等と分離して住まねばならないし、彼等は我々の国を離れねばならない。かくして彼等は、もはや我々が彼等を捕らえていると嘆く事もできないし、神に嘘をつく事もできない。我々も彼等が涜神と高利貸しによって我らを悩ますと嘆く事もなくなるであろう。これが両者に封して安全を保証する最も手っ取り早い最善の方策である。

 参考資料: 冷戦に憑かれた亡者たち ナチとアメリカ情報機関 クリストファー・シンプソン著/松尾弌之

P.293

84年、ニューヨークで催された被占領民族運動の夕食会で、ナゼレンコ(=「コサッキア回復=コサック民族解放運動世界連盟」や「共和党コサック系アメリカ人全国連盟」の自称指導者)は、自分たちの見解をはっきりと演説している。彼は、戦時中ドイツ軍部隊に協力した東欧の人々の英雄的行為について語り、また何故にナチが戦争に敗れたかについて語った。「今日、イスラエルを祖国とするある民族集団がいる」、とナゼレンコは聴衆に語りかけた。「この民族集団は、常に共産主義者と協力してきた。彼らこそはドイツ、そして被占領民族にとっての第五列なのだ。……彼らはモスクワの利益のためにスパイとなり、破壊活動などあらゆることを行ったのである」。「この第五列に対して自己防衛が形作られるのは、当然のなりゆきであった」。そしてナゼレンコは強制収容所を引き合いに出して、「彼らは隔離されなければならなかった。安全は確保されなければならない。[だから]第五列は逮捕され投獄されたのである」。「ソ連内務人民委員部(NKVD)を支援していたのは、この民族集団である」。「それにより、我々の民族100万が命を失った。……ホロコーストについては、飽きるほど話を聞かされている」、とナゼレンコは黄色い口髭を震わせて叫んだ。「しかし、共産主義によって殺された1億4000万のキリスト教徒やイスラム教徒、仏教徒はどうなるのだ。これこそがホロコーストだ。ところが、このことについては、何も聞かされてこなかった」。聴衆は、どの演説者に対してもきわめて熱烈な喝采を送っていた。」

共和党全国伝統集団(民族)評議会や、被占領民族運動の各組織、そしてその他さまざまな右翼組織は、互いにかなり重なり合っている。組織の中には資金の豊富なところもあり、アメリカの選挙に大きな影響を与えている。第二次戦略兵器制限交渉(SALT II)を中断に追い込んだほどの強力なロビー組織「武力による平和を求めるアメリカ安全保障会議連合」の参加組織のうち、およそ15%が被占領民族運動系の組織である。同連合は、大手軍需産業から受け取った数十万ドルの資金を議会の立候補者に献金し、ワシントンでは最も活動的な軍拡派ロビー団体だと見なされている。また、参加組織のうち少なくとも4つは第二次大戦時の枢軸国政府を支持している。そのうちの一つを率いるのがナゼレンコで、彼は、被占領民族運動の宣伝活動を使うため、軍高官の郵便リストを同連盟から提供された、公式に述べている。

※ “第五列”とは、スパイのことである。スペイン内戦(1936年7月〜1939年3月)で、フランコ側のE・モラ将軍が四つの部隊を率いてマドリードを攻めたさいに、「マドリードは内応者からなる第5列によって占領されるだろう」という意味のことを言ったのが語源とされている。

P.305

結論的に言えば、冷戦は、何万という元ナチの殺人行為を免責する手段となった。東西それぞれが、自分たちの手に入れた秘密工作資産を保護するという短期的な利益を考えたことを一因として、戦争犯罪人の訴追に関する協調態勢は崩れた。そしてそのことで、戦争犯罪人は、西側に逃げることもできたし、西側で使うためのアリバイも確立することができた。ジモン・ヴィーゼンタールはこう述べている。「冷戦の最大の受益者はナチの犯罪者でした」。

 「新約聖書によれば、ユダヤ人は2000年前から嘘つきだったそうで、現代のユダヤ人がでっち上げのホロコーストをネタに、世界中で謝罪と賠償を請求する恥知らずな行為を繰り返している現状を見れば、当たらずとも遠からずような気がしないでもないです。

イギリスが誇る伝説的作家シェイクスピアの著作『ベニスの商人』でもユダヤ人金貸しのシャイロックが守銭奴に描かれているように、欧州では昔からユダヤ人は嫌われていました。

そして第二次大戦中、ソ連の手先として暴れまくったユダヤ人の悪事は、東欧の少数民族がよく知っています。

ソ連に弾圧されている少数民族は、ナチス・ドイツ崩壊後はアメリカによる第二次バルバロッサ作戦の発動を願うことしか手が残されていませんでした。

ソ連崩壊後の現在も、東欧の少数民族が依然としてロシアの脅威に晒されているという構図は変わっておらず、東欧諸国に親米国家が多いのは当然と言えるでしょう。

そして彼らの多くは、独裁政権を倒すためならば戦争もやむを得ないと考えています。

独裁政権が完全に国を支配して自浄能力が皆無なのならば、外部から武力行使を用いて叩き潰す以外に道はない。

世界にはこのような考えを持つ人々もいるのです。

それは置いておくとして、冷戦によって『ナチ=絶対悪』が東西共通の歴史観となり、ホロコーストを否定する先進国がなくなって一番得しているのはどう見てもユダヤ人なのですが、あくまでスタンスは被害者なのですね。

さすがは職業被害者

何十年も前の出来事を理由に謝罪と賠償を請求するなど、確実な部分だけでも千数百年の歴史の歴史と伝統がある日本には恥ずかしくて到底真似できません。

なぜ欧州の歴史で、人種的には白人であるはずのユダヤ人がここまで迫害されてきたのかが、なんとなくわかる気がします。

行動パターンが朝鮮人そのものですから」

 「うーん、ユダヤ迫害はキリスト教が原因の誤解による悲劇ってこと以外の解釈ってあんまり聞かないよね」

 「本に真実しか書かれていないのならば、この世はなんとわかりやすいものでしょうか。

実際、宗教による差別は十分あったと思いますが、『反ユダヤ主義は本当にキリスト教だけが理由なのか?ユダヤ人の行動にはまったく問題は無かったのか?』という疑問を持つことが禁忌になっている今日の状況は何とかしないといけません。

ルターの本の内容の真偽はさらに研究する必要がありますね。

ただし、ユダヤ人には守銭奴・詐欺師が多いことはたしかですが、良心のあるユダヤ人も大勢いることも忘れてはいけません。

彼らの良心に期待したいところです」

 参考資料: Yahoo!ニュース - 海外 - 共同通信 2003年9月25日(木)8時50分より

【エルサレム24日共同】イスラエル空軍の元パイロットと予備役のパイロット計27人が24日「占領地での違法で反道徳的な空爆命令を拒否する。パレスチナの一般市民への攻撃を拒否する」との声明を付記した書簡を空軍司令官に提出した。イスラエルの民間テレビ、チャンネル2が伝えた。同国では過去3年間に約500人が「占領は違法」と、良心的兵役拒否者として投獄される道を選んだ。しかし、エリートである空軍パイロットが集団で空爆命令を拒否したのは初めてで、軍への衝撃は大きい。空軍はパレスチナ自治区ガザ市内など人口密集地で、イスラム原理主義組織ハマスの指導者らを戦闘機やヘリコプターからミサイル攻撃して殺害する作戦を続けており、一般市民多数が巻き添えになって死傷している。(共同通信)

 「ごほん、ではさっそく『Hitler's Jewish Soldiers』の紹介をしましょう。

この本は、アメリカの大学教授ブライアン・マーク・リグによって書かれ、2002年5月に発売された本です。

著者のリグは米国テキサスのプロテスタントとして育ちました。

しかし、自分の家計図を研究しているうちに、先祖がドイツのユダヤ人であることを知ったのです。

こうしてドイツ国防軍に参加していた多くのユダヤ人の研究をはじめたのでした。

ある人がユダヤ人であるかどうかを断定するのは非常に難しいことです。

しかし、ブライアン・マーク・リグはおそらくユダヤ人だと思われます。

彼はイスラエル国防軍の志願兵(volunteer)だったからです」

 参考資料: 「University Press of Kansas

Hitler's Jewish Soldiers The Untold Story of Nazi Racial Laws and Men of Jewish Descent in the German Military」より

BRYAN MARK RIGG received his B.A. with honors in history from Yale University in 1996. Yale awarded him the Henry Fellowship for graduate study at Cambridge University, where he received his M.A. in 1997 and Ph.D. in 2002. Currently Professor of History at American Military University, he has served as a volunteer in the Israeli Army and as an officer in the U.S. Marine Corps. His research for this book has been featured in the New York Times, Los Angeles Times, and London Daily Telegraph.

More about Bryan Mark Rigg and his research experiences:

What sparked Bryan's interest in this subject?

Raised as a Protestant in the Texas Bible Belt, Bryan Mark Rigg was surprised to learn of his own Jewish ancestry while researching his family tree in Germany. This revelation, as well as a chance encounter with a Jewish veteran of the Wehrmacht at a Berlin screening of Europa Europa,roused him to embark on a decade of research while a student first at Yale University and later at Cambridge University. Hitler's Jewish Soldiers: The Untold Story of Nazi Racial Laws and Men of Jewish Descent in the German Military is the result of his efforts.

 参考資料: 旺文社シニア英和辞典 昭和39年1月15日書版発行昭和41年2月1日重番発行より

 参考資料:「asahi.com」  May  16, 2003より

テキサス州を中心とした東西南北に隣接する州はアメリカでも「Bible Belt(聖書地帯)」と呼ばれ、キリスト教の熱心な信者がとても多い(ここアルパインも6,000の人口で12の教会がある)。テキサスでは、厳格な政教分離というより、むしろ宗教が政治や科学を含む人々の日常生活に深く結びついているように思う。少なくとも、その両者を常に“離して考える”べきだとはならないようだ。そしてブッシュ大統領のお陰で、宗教は公の場(学校や職場)でももっと大手を振ることになったのかもしれない。

 「著者のリグは、ドイツ、トルコ、スウェーデン、カナダ、イスラエルなどを回り、元ドイツ国防軍兵士だった約400人のMischlinge(=混血児)にインタビューをしたり、ときにはドイツ政府に協力してもらって濃密な資料を集めたそうです。

この手の本についてまわるホロコーストですが、お約束通り、『ユダヤ人絶滅計画があった』という前提で書かかれてます。

しかし、インタビューしたMischlinge(=混血児)の中に、戦中に『ユダヤ人絶滅計画』を知っている人間は一人もいませんでした。

そんな計画など存在しないのだから当然のことですね。

第一次大戦直後のドイツの在独ユダヤ人には共産主義者が多かったのはたしかですが、やはりドイツ人として育ったユダヤ人も少なくありませんでした。

親ドイツ派のユダヤ人たちは、祖国ドイツがユダヤ人によって苦しめられていることに怒りを覚えていました。

そして、ヒトラー総統の演説によって、彼らは自分がドイツ人であることに誇りを持ち、自らの意思でドイツ人になることを選んだのでした。

ナチスの反ユダヤ法では、1/8がユダヤ人の血統である人はユダヤ人であると定義されていました。

しかし、実際のナチスドイツでは、親ドイツ派のユダヤ人は、書類を偽造して『ドイツ人』ということしてしまえばそれでよかったようです。

現に書類を偽造した証拠が多数残っています。

書類の偽造はもちろん犯罪ですが、ヒトラー総統をはじめ、ナチス高官は大抵の人間がユダヤ人をアーリア人認定したことがあったので、ほとんど黙認状態だったと思われます。

そもそも、ドイツ系ユダヤ人の外見はドイツ人と全然変わらないし、ユダヤ人であることを隠し、あるいは本人も知らないうちにドイツ人として生活していた人々も大勢います。

家計図を調べて、初めて自分がユダヤ人であることを知ったというパターンのユダヤ人は非常に多いのです。

なお、著者のブライアン・マーク・リグはそのパターンに当てはまります。

家計図を調べたらユダヤ人だったもの、『何十年もドイツ人として生活していたのに、いまさらそんなことを言われても困る』というユダヤ人も少なくありませんでした。

そーいう人達が書類を誤魔化してドイツ人になったわけですね。

事実のみを並べてみれば、『ナチスはユダヤ人を問答無用で収容所に送り込んだ』というのは、明らかにユダヤの被害者プロパガンダであり、実際のナチスの政策は、敵味方を識別しただけということになります。

もちろんニュルンベルグ法に関して人種差別が皆無ということはないでしょうが、アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリアが、日系であるだけで、問答無用で日系人を強制収容所にぶち込んだことを考えると、ナチスの方がよっぽど人道的と言えるでしょう。

何せ、親ドイツ派のユダヤ人はドイツ国民として受け入れられたのですから。

また、あまり知られていませんが、ナチスはユダヤ人の墓地を破壊しませんでした。

敵の墓は爆破したり、遺体をさらし者にするのは支那人や朝鮮人がやることで、ナチスは基本的に死者には安らかな眠りを与えていました。

実際、ナチスはユダヤ人の墓を丁重に扱っていたのですが、連合国には都合が悪いため隠蔽されています。

また最後の最後までナチスはユダヤ人に食料を与えていたのですが、これも連合国には都合が悪いため隠蔽されています。

1945年3月といえば、敗戦は目の前。

余分な物資などありませんでした。

前線のドイツ兵の一日の食事がジャガイモ3個とか、ヒトラー・ユーゲントの少年兵は栄養不足でやせ細り、軍事行動どころではなかったような時期です。

そんな状況下でも、SSは口減らしのためにユダヤ人を殺そうとはしませんでした。

ユダヤ人専用食糧配布券は、『ナチスの餓死命令は証拠がないので立証できない』という主張を裏付けています。

このように、ナチスが人道的だったという証拠はたくさん残っているのですが、それはとことん隠蔽されています。

本来ならば美談として偉大な歴史の一ページとなるはずが、嘘と誇張と捏造と歪曲が全てのニュルンベルグ史観によって何もかもが狂わせれてしまいました。

それは、あくまでナチスは人の形をした極悪非道の鬼でないと、連合国の正義が成り立たないからです」

ハンブルク墓地のユダヤ人の墓石(1999年撮影)


『Welcome to Julius Streiker's Webside』 著Heil og saelより

1945年3月のドイツ・ベルリンのユダヤ人用食料配布券


『Welcome to Julius Streiker's Webside』 著Heil og saelより。

 「でもナチス・ドイツって、『スラブ人はドイツの奴隷にするべき』とか言ってたよね。

そーいうのってあんまり良くないんじゃないかなぁ?」

 「たしかにナチスが人種差別を高らかに宣言していたのは事実ですし、それが現在の良識から言えば『悪』であることは間違いないでしょう。

でも、当時の白人国家はどこでも似たようなものではないでしょうか。

例えば、インドを支配していたイギリス人は、『インドを支配する権利は、神がイギリスに与えた権利である』とか本気で思ってました。

インド独立のリーダーであるネルーも、イギリス人がナチスの人種差別を批難しているのを聞いて『それはお前らのことではないか』という当然の正論を自著に書いています。

イギリス人がインド人を奴隷にすることは『神が与えた権利』と言い張るくせに、ドイツ人がスラブ人を奴隷にすることは『非人道的な悪魔の思想』と言い張るとは、さすがは二枚舌の国イギリスですね。

要するにイギリスは、ドイツがロシアを侵略したということを歴史に留めることによって、自分らのインド侵略行為の正当性を誇示すると同時に、第三帝国の12年間の一切を罪悪と烙印することが目的だったにちがいありません。

イスラエル建国にしても、ポーランド・フランス・ドイツ・シオニストはマダカスカル島を候補と考えていたのに、イギリスが反対したため、このアイデアはオジャンになってしまいました。

おかげで現在のユダヤ人は中東でやりたい放題です。

そもそも当時の世界が人種差別を悪いことだと思っていたなら、日本が欧米諸国と戦争する必要はなかったでしょう。

当時、人種差別は社会常識だったという事実を完全に無視して、ナチスの人種差別政策だけを一方的に非難するのは公平ではありません。

米国だって1960年代頃まではほとんどの州で異人種間結婚は法律で禁止されてましたし、イスラエルでは今でもそのような法律が残っています。

逆に今でこそ自転車に乗るのは無免許でもOKですが、発明された頃は教習所がありました。

過去と現在では価値観が違う。

これは歴史を学ぶ上で大前提ではないでしょうか?

何はともあれ、ドイツ軍には約15万人のユダヤ人が参加していたわけです。

『Hitler's Jewish Soldiers』には、このように書類を偽造し、自らドイツ人であることを選択したユダヤ人の写真が多数掲載されています。

何枚かを引用してみましょう」

  

↑ 左:ナチス宣伝機関が作った理想的なドイツ人のモデルの人形

右:ユダヤ人ハーフのヴェアナー・ゴルトベルク(Werner Goldberg)

『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより


ゴルトベルクは金髪碧眼の美形だったため、この写真は

理想的なドイツ兵」という文章とともにナチスの宣伝新聞に載った。


ナチスの宣伝文句のことごとくはハッタリであったが、

「ユダヤ人は害虫である」という宣伝文句もハッタリに過ぎなかったのである。

↑ ユダヤ人ハーフのアントン・マイヤー(Anton Mayer)の側面・正面写真

この写真は書類の偽造に使われた。


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ユダヤ人ハーフのヘルマン・アオプ(Hermann Aub)の軍隊手帳


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ヒトラーに忠誠を誓う宣言を行う兵士たち


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ユダヤ人ハーフのホアスト・ガイトナー(Horst Geitner)

2級鉄十字章(Iron Cross Second Class)受章

銀負傷記章(Silver Wound Badge)授章


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ユダヤ人ハーフのパオル・アシェア(Paul Ascher)海軍中佐

戦艦ビスマルクの初代乗組員

1級鉄十字章(EK1=Eisernen Kreuz1)受章

2級鉄十字章(EK2=Eisernen Kreuz2)受章

二級戦功十字章(War Service Cross Second Class)受章


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

 「戦艦ビスマルクの操舵機が故障して艦を止めたときのことです。

すぐ近くを一隻の漁船が通りがかりました。

船は船縁も水面すれすれにやっとの思いで走っていました。

事実、あまりの大漁に、獲った魚が海にこぼれ落ちかねないほどで、漁船は波と重みに苛まれていたのです。

メガホンを使い、船長がビスマルクに助けを求めました。

『われわれを風と波から守ってくれませんかね? 魚が獲れすぎて港まで無事たどり着けそうにない』

艦長のエルンスト・リンデマン海軍大佐(1941年5月27日戦死)が即座に要請に応じるように当直士官に命じ、艦はゴーテンハーフェン錨地のおだやかな水面まで漁船をエスコートしていきました。

翌日、ビスマルクの食卓を魚料理が飾ったのでした。

めでたし、めでたし」

↑ ユダヤ人クォーターのバエアンハアド・ロッゲ(Bernhard Rogge)提督

騎士十字章(Ritterkreuz)受章

1級鉄十字章(EK1)受章

2級鉄十字章(EK2)受章

柏葉付き騎士十字章(oak leaves to Ritterkreuz)受章

大日本帝国天皇陛下より日本刀を授かった


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

※ 提督とは海軍の最高権力者に当たる将軍のこと。

幕末に黒舟来航のペリーが提督だったことわかるように、このロッゲ提督はめっちゃ偉い人なのである。

↑ ユダヤ人ハーフのヨハネス・ツケアトアト(Johannes Zukertort)将軍


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ユダヤ人ハーフのヴァルター・H・ホラエンデァ(Walter H. Hollaender)大佐

騎士十字章(Ritterkreuz)受章

金環ジャーマンクロス(German-Cross in Gold)受章

1級鉄十字章(EK1)受章

2級鉄十字章(EK2)受章

白兵戦章(Close Combat Badge)受章


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ユダヤ人ハーフのヘルムート・ヴィルベルク(Helmut Wilberg)空軍大将

1級鉄十字章(EK1)受章

2級鉄十字章(EK2)受章

1935年、ヘルムート大将はヒトラー総統によってアーリア人認定をされた

ホーエンツォレルン家剣付き騎士十字勲章(Hohenzollern's Knight's Cross with Swords)受章


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ 1937年、ヒトラー総統と会見するゴトハアド・ハインリヒ(Gotthard Heinrici)

ハインリヒ自身はユダヤ人ではないが、彼はユダヤ人ハーフの女性と結婚していた。


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

↑ ユダヤ人ハーフのエアハルト・ミルヒErhard Milch空軍元帥(左)

非ユダヤ人のヴォルフラム・フォン・リヒトフォーフェン(Wolfram von Richthofen)空軍大将(右)

ミルヒ元帥はヒトラー総統にアーリア人認定された

1940年、ミルヒ元帥はノルウェーでのパフォーマンス中に騎士十字章を受章


『Hitler's Jewish Soldiers』 著Bryan Mark Riggより

※ ドイツ国防軍のトップクラスにはユダヤ人がいたのである。もしもドイツ国防軍がホロコースト(そんなものは存在しないが)に荷担していたというならば、ドイツ国防軍に所属した15万人のユダヤ人も同罪である。


 「フォン(von)というのは……

おっと、またファイルが重くなってしまいましたね。

いけないいけない。というわけで休憩です」